歌劇「ムツェンスク郡のマクベス夫人」作品29/29aと歌劇「カテリーナ・イズマイロヴァ」作品114/114a

ロストロポーヴィチ指揮/ロンドン・フィルハーモニー管弦楽団

ヴィシネフスカヤ(S),ゲッダ(T)

1978.04.01-22 EMI

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歌劇「ムツェンスク郡のマクベス夫人」全曲版の決定盤。特筆すべきは、ロストロポーヴィチの執念とでも言うべきこの録音に懸ける熱情である。ヴィシネフスカヤとロストロポーヴィチ連名で「わたくしたちの最愛の友であり、よき師に、この仕事が少なくとも多少なりとショスタコーヴィッチの不滅の天才にふさわしいことを待望して、この全曲盤を捧げるものであります」と直筆で添えている。EMI国内盤のライナーは充実しており、多くの情報を得ることができる。一つの読み物としても面白いだろう。ショスタコーヴィチ自身が前作「鼻」と比較して「すべての役柄が歌唱的で、旋律的です」(「ソヴィエト芸術」1932.10.16)と語っていることが紹介されている。ショスタコーヴィチの作風がしばしば旋律的・歌唱的でないと評価されることもあろうが、本作は情熱というよりも情念、抒情的というよりも感情的、という激情型のオペラである。CDは2枚組、2時間半にわたる濃密な世界観を味わうことができる。ロンドン・フィルのサウンドは理想的だ。78年の録音だが素晴らしく、またこの時代の密度の濃い力強いサウンドが魅力的だ。全てのセクションにおいて血気盛んな爆発力がある。時にやや雑な面も見られるが勢いの中で成立しており、これがまた本作に実に合っている。全編を通して木琴の活躍は素晴らしく、打楽器の醍醐味を味わうことができるが、特にスネアとシンバルの存在感には圧倒される。ロストロポーヴィチとヴィシネフスカヤは交響曲第14番をはじめ多くの名演を残しているが、これぞ至高の仕上がりであろう。あらすじについては紹介するまでもなかろうが、学生時代に対訳を読みながらCDを聴いたときには何て酷い(良くも悪くも)ストーリーだと思ったものだが、あれから20年以上もたって長い付き合いを続けていると、カテリーナもセルゲイも、ソニェートカさえも愛おしく思えるほどキャラクターが立っていて面白い。この録音に日本の技術でアニメーションを付けたらどうなるのだろう、と考えてみたり。

ロジェストヴェンスキー指揮/ソビエト国立文化省交響楽団

1985.10.10/Live Brilliant

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歌劇「カテリーナ・イズマイロヴァ」から「五つの間奏曲」全曲。もうこれはオーケストラによる暴力と言っていいのではないか。ソビエト文化省響の圧倒的な力は筆舌に尽くしがたい。金管楽器の音程の悪さは録音による歪みも影響しているのかはわからないが、ソビ文の他の演奏を聴いても概ねこのようなものなので、もはやこのオーケストラの特徴であり魅力の一部とさえなっている。切れ味の良いテンポとそれを支える打楽器のサウンドがまた他では聴くことのできない味の濃さ。強打しすぎて音程感を失うティンパニが素晴らしい。カテリーナによるオーケストラ暴力が炸裂し、なお一層この味付けの濃いご夫人の魅力が増した。ボリスはきのこスープを飲む間もなくオーバーキル。もはや誰も彼女には近付けないだろう。

N.ヤルヴィ指揮/スコティッシュ・ナショナル管弦楽団

1987.04.14-17 Chandos

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歌劇「カテリーナ・イズマイロヴァ」から「五つの間奏曲」全曲。このヤルヴィの9番、祝典序曲、カテリーナ・イズマイロヴァ、タヒチ・トロットと4曲を収めたディスクは、ショスタコのレコーディング史上で最も素晴らしいものの一つと言えるだろう。シャンドスの透明感ある録音と、スコティッシュの底力の効いたオーケストラによって、ドラマチックかつ統制された弦楽器、切れ味の良い管楽器、リズミックな打楽器というヤルヴィの持ち味が最大限に発揮されている。ヤルヴィらしくいずれも速めのテンポ設定だが、実に説得力のある充実した演奏。あの生々しいオペラの場面を思い浮かべるというよりは、独立した管弦楽組曲として聴いてみるとどうだろう。上記ロジェヴェン盤がある種の特殊な領域に入っていることを考えれば、同曲の決定盤はヤルヴィということになるのではないか。

チョン指揮/バスティーユ歌劇場管弦楽団

ユーイング(Sp),ラーリン(T)

1992.02.13-27 Deutsche Grammophon

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歌劇「ムツェンスク郡のマクベス夫人」全曲版。ロストロポーヴィチ盤と並ぶ貴重なCD録音。バスティーユ歌劇場管の豊かでダイナミックな響きが、DGの素晴らしい録音によって再現される。美しい響き。ロストロポーヴィチ盤のような感情的な表現ではなく、バランスの整った音響的に優れた演奏に仕上がっている。私が初めて購入したオペラのCDであり思い入れが深い。ヤルヴィやカラヤンのDGの交響曲が並んでいる時代であり、黄色い帯への憧れと共に、町田のTaharaで小遣いを握りしめて日本語版の当ディスクをレジに持って行ったものだ。音楽と調和した独唱も聴きやすく、対訳歌詞を読みながらロシアのムツェンスクへと思いを馳せた。

フェドセーエフ指揮/チャイコフスキー記念交響楽団

1996.04.18 Canyon

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歌劇「カテリーナ・イズマイロヴァ」からバスネル版交響組曲全5曲。ヴェニアミン・バスネル(1925-1996)は、鮫島奈津子氏が寄稿した『クラシックCD異稿・編曲のよろこび』(青弓社)によると、レニングラード音楽院でショスタコーヴィチの授業に参加したことで交流があったようで、ショスタコーヴィチを師と仰いでいたとのこと。映画『レニングラード攻防戦』などで名が知られている作曲家。バスネルによって交響組曲として編集された「カテリーナ・イズマイロヴァ」だが、歌唱を管弦楽に置き換え、シンフォニックな40分強の作品にまとめている。フェドセーエフはこれを交響曲第16番だと言っているとのこと(一柳富美子先生による当盤ライナーでは、そう呼ぶべきではないと意見されているが)。アレンジは特徴的かつ強烈で、ショスタコーヴィチ本人はこうしたオーケストレーションを用いないのは明らかながら、実に魅力的な作品に仕上がっている。シリアスな傾向が強い作品でのサックスの音色は面白く、コンガやトム・トムといった打楽器の用法もまた面白い。どっしりとした深みのある録音で、高音に配置したコンガからのトム、大太鼓といったシュワントナーのように駆け巡る皮膜打楽器の一気呵成の強烈な鳴りが非常に心地良い。一柳先生の解説には大変興味深い一節がある。「ムツェンスク郡のマクベス夫人」と「カテリーナ・イズマイロヴァ」は付番も異なり別作品だという論評もあるが、解説にはオペラの名称について「ショスタコーヴィチ自身はこの使い分けを特にしておらず、初版もモスクワではすでに《カテリーナ=イズマイロヴァ》と銘打って初演されていたし、改訂版をショスタコーヴィチは書簡の中で《マクベス夫人》と呼んでいた」とある。

M.ショスタコーヴィチ指揮/プラハ交響楽団

1999.03.02/Live Supraphon

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歌劇「カテリーナ・イズマイロヴァ」から「五つの間奏曲」全曲。配置は、7-8,1-2,2-3,4-5,6-7。演奏効果を狙ってか初めにプレストを配置している。どこか抜けてこない録音の悪さを感じるが、演奏自体はマクシムらしい燃焼度の高い一枚。特に、5曲目に配置したアレグレット(6-7)の勢いが素晴らしく、オーケストラの一体感や安定したスネアの存在感に好感を覚える。それにしてもマクシムは交響曲全曲、協奏曲全曲、そして映画音楽もバレエ音楽も多数の管弦楽曲を残してくれている。ショスタコーヴィチの伝道師である。髭をたくわえたマクシムのジャケットが格好良いが、プラハ響との全集ライナーに収められた写真を見ると、まるで仙人のような髭モジャのマクシムを見ることができる。

ネルソンス指揮/ボストン交響楽団

2015.04/Live Deutsche Grammophon

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歌劇「ムツェンスク郡のマクベス夫人」からパッサカリア(第4場から第5場への間奏曲)。ネルソンスのシリーズに一貫する魅力を聴くことができる。圧倒的な響き。濃密なこのサウンドの前には、思わずまいった。そもそも旧ソ連で問題視されたオペラで、その政治的な背景もあって録音は少なく、ソビエト勢の血を吹くような演奏を愛聴してきたが、ここにきて現代的なアメリカのオーケストラの機能性の素晴らしいこと。残念ながら1曲のみだが、実に濃密な演奏を聴くことができる。それにしてもネルソンスの交響曲全曲録音シリーズ、併録の管弦楽曲のチョイスが大変興味深い。

ロジェストヴェンスキー指揮/フィルハーモニア管弦楽団

1962.09.04/Live BBC

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歌劇「カテリーナ・イズマイロヴァ」から「五つの間奏曲」、第3曲(パッサカリア)を除く4曲。曲順も入れ替えられており、短くて速めの曲を効果的に4曲集めたもの(1-2,2-3,7-8,6-7)。録音データを辿ると別盤のフィルハーモニアとの12番と同じ演奏会での録音であることがわかる。この日のライブはかなり取っ散らかっており、これはこれで非常に面白いのだが、完成度という点では一歩劣るか。

マルケヴィチ指揮/ロンドン交響楽団

ヴィシネフスカヤ(S)

1962.08.26/Live BBC

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歌劇「ムツェンスク郡のマクベス夫人」から「二つのアリア」。ヴィシネフスカヤの研ぎ澄まされた美声と張り詰めた緊張感が魅力的な一枚。オーケストラもロンドン響の充実した響きを聴くことができる。2曲のみの抜粋だが完成された世界観に感動する。

M.ユロフスキー指揮/ケルンWDR放送交響楽団

1996.02.12-14 Capriccio

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歌劇「カテリーナ・イズマイロヴァ」から「五つの間奏曲」全曲。ユロフスキーがカプリッチオで録音したショスタコーヴィチ作品の中でも、ケルン放送響の渋い響きもマッチして独特の魅力を醸し出す一枚。安定した演奏で、ある種の危なっかしさが感じられないのはショスタコ作品としてはもの足りなさもあるものの、やはり満遍なくバランスの良いオーケストラの機能美が素晴らしい。

ボレイコ指揮/シュトゥットガルト放送交響楽団

2005.06.08-10/Live Haenssler

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歌劇「ムツェンスク郡のマクベス夫人」からショスタコーヴィチ自身の編集による間奏曲3曲の交響組曲。世界初演との表記あり。全体的に遅めのテンポで堅実かつ丁寧に演奏されている。録音も良く、「カテリーナ・イズマイロヴァ」版との違いも含めて、細部までオーケストレーションを聴くことができるのは面白い。

T.ザンデルリンク指揮/ロシア・フィルハーモニー管弦楽団

2005.05-06 Deutsche Grammophon

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バルダ全曲を収めたディスクの併録として、歌劇「ムツェンスク郡のマクベス夫人」から交響組曲を収録。ソ連崩壊後に雨後のたけのこのごとく誕生した有象無象のオーケストラの中にあって、ロシア・フィルのサウンドは素晴らしく、さすがに精鋭揃いのオーケストラだと思える。実に安定した演奏だが、バルダの印象に引っ張られるのか、どうも元々の歌劇の生々しさや激しさが感じられず、もの足りないというのが正直なところか。 

ガラグリー指揮/ドレスデン・フィルハーモニー管弦楽団

フィッシャー(S)

1964 Berlin

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歌劇「ムツェンスク郡のマクベス夫人」から間奏曲を三つ(2-3,4-5,6-7)とアリアという4曲による抜粋版。堅実な演奏だが、この曲が持つ狂気という点ではいささか物足りない。1960年代の録音のようだが(詳細不明)、ドレスデン・フィルのサウンドが良く、パッサカリアの分厚い響きは美しい。アリアはドイツ語歌唱で違和感があるが、どこか冷たく透き通った細めの美しい歌声で、毒婦カテリーナのまた違った繊細な面を見せてくれるよう。