ロシアとキルギスの民謡の主題による序曲 作品115

N.ヤルヴィ指揮/エーテボリ交響楽団

1988.05 Deutsche Grammophon

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タンバリンの芯の音色が心地良いヤルヴィ盤。流れるような曲想の変化を捉えつつ、抜群のテンポ感とリズム感でドラマチックな演奏を聴かせてくれる。当サイトのCD評を読まれた方には、「いつもヤルヴィじゃないか」とお叱りを受けそうだが、そう、ヤルヴィなのである。さて、ショスタコーヴィチが政治的な行事にも参加せざるを得なくなっていた頃の作品で、キルギスとの周年イベントへの献呈曲とのこと。それにしても硬質で素晴らしいオーケストレーションで、演奏会用序曲としては「祝典序曲」と並ぶ豊かな曲想を持ち、なおかつ、民謡に由来する舞曲としての面白さもあり、ショスタコーヴィチの名曲の一つ。私自身もアマチュア打楽器奏者のはしくれとして驚くのは、ショスタコーヴィチにはかなり珍しいことに、何と「スネアがない」オーケストラ曲なのである。ショスタコにスネアがない!?交響曲だって、15曲中14曲はスネアが主張する(むしろ主役級のキャスティングだと私は思う)。スネアのない残り1曲はご存知のとおり打楽器と声楽のコンチェルトとも言える14番であるから、ショスタコーヴィチのオーケストラ曲でスネアが鳴らないとは、どうしたことか。政治的な背景において、ショスタコーヴィチの「攻撃」や「戦争」、「破壊」を象徴するスネアをこの曲に使わなかったというのは深読みだが、民謡でタンバリンを優先するのも味がある。打楽器の効果上の観点からもタンバリンとスネアは近いところにあって、キルギス序曲がスネアではなくタンバリンで仕上がった管弦楽曲というのはとても面白いのである。キルギスの人々は日本人と驚くほど顔立ちが似ており、いつか行ってみたい国。

井上道義指揮/大阪フィルハーモニー交響楽団

2014.10.23-24/Live Exton

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録音の少ないこの曲において、素晴らしい名盤の登場だ。日本から遠く離れたロシアとキルギスのいかにも民謡らしい響きを大阪のオーケストラが紡ぎ出すのだから。ふくよかに鳴るオーケストラと、しなるようなローカルな響きを奏でる弦楽器、そしてタンバリン。このサウンドには感激としか言いようがない。スマートに洗練されたヤルヴィやハイティンクと比較してこの泥臭さ。CD化には恵まれてこなかったが、まさにこのディスクだ。濃密で中央アジア的な色濃い民族的旋律と井上道義の歌い回しが融合した、格別な一枚。

ハイティンク指揮/アムステルダム・コンセルトヘボウ管弦楽団

1981.05.21-23 Tower Records/Decca

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タワーレコードがリマスタして再発したハイティンク全集には、すっかり嵌ってしまった。もちろん、分厚い化粧箱に包まれたロンドン(デッカ)盤も素晴らしく、長い間、愛聴してきたわけだが、こうしてチェロ協奏曲第1番も追加収録したタワレコ盤を私はぜひとも推したい。全集中、11番と併録されているロシキル序曲、濃密かつ流麗、生真面目なハイティンクのショスタコーヴィチ・ワールドを味わうことができる。それにしても素晴らしい演奏技術、そして隙のない鋭い着眼点。非の打ちどころのないバランスの良いオーケストラのサウンド。吹奏楽編曲などでも知られる同曲であるものの、録音数はとても少ない。そんな中、このハイティンクの一枚があれば十分ではないかと思ってしまうほど。81年の録音だが(それにしても、録音日や場所までしっかり記されており、ありがたい。西側録音のこういうところはとても好きだ)、さすがデッカ。素晴らしいのひと言に尽きる。

M.ショスタコーヴィチ指揮/モスクワ放送交響楽団

1972 Praga

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表記上はコンドラシン指揮による1964年10月14日のライブとされているが、工藤さんの著書(『ショスタコーヴィチ全作品解説』ユーラシア選書)、WEBサイトによればマクシムとモスクワ放送響のLP盤に拍手を付け加えたものとのこと。プラハのCDは額面どおりに信じてはならないということを様々な場面で学んできたが(いや、本当に)、コンドラシンと表記されてマクシムがゴーストとは。しかし、同曲の録音がないコンドラシンなので、これがコンドラシンの演奏なのだと言われれば信じてしまうほど、尖っていて、アグレッシブで、土臭さが魅力的な一枚。当時のソ連モノらしく、残念ながら録音状態は良いとは言えない。細かいところが拾いきれていない。おそらく打楽器の強奏部などはその場に居合わせれば卒倒するような迫力だったのだろう。それでもこの濃密な体験は他に代え難い。

クチャル指揮/ウクライナ国立交響楽団

2001.06.01-08 Brilliant

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クチャルによる実に素晴らしく整った演奏。クチャルの管弦楽曲の録音の一連の流れにあって、真面目で効果的で面白いディスクである。オーケストラのパワーを見るとハイティンク盤を超えられないのが悔しいところだが、クチャルのシャキシャキした演奏が私は好きだし、当盤がスタンダードでいいのではないかと思う。

バティス指揮/ロイヤル・フィルハーモニー管弦楽団

録音年不詳 El Disco Cultura

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バティスによる交響曲第5番、ノヴォロシイークの鐘、十月革命と併録の貴重な録音。十月革命がパッとしない演奏であったのに対し、キルギス序曲は田舎っぽい野暮ったさとバティスの切れ味とが合わさって、印象的な演奏になっている。金管と打楽器が鳴るとショスタコは盛り上がる、という。バリバリと唸る金管と、シンバルの強打とふくよかな響きは素晴らしい。録音の特性もあり、シンバルのカポッとした打撃音はなく、シャリシャリとした響きを聴くことができる。ティンパニは相変わらず遠い。当盤ライナーには録音年の表記がないが、異盤のASVでは1990年のようだ。