交響曲第9番 変ホ長調 作品70

コシュラー指揮/チェコ・フィルハーモニー管弦楽団

1981.03.13/Live Praga

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9番は何度聴いてもやはりコシュラー盤に心奪われる。テンポ、リズム感、そしてスネア。チェコ・フィルの渋いサウンドの持ち味が十分に生かされおり、スネアの明るさもあって明瞭な造形。短い曲の中に、まるでオーケストラ・コンチェルトのように各楽器があちこちで技巧的なフレーズを披露し、これはある種のお祭りだ。オーケストラ的に何と楽しい曲であることか。高めのピッチでガツガツと鳴る硬質な音色のスネア、特に3楽章の、まるで11番かというような強打が気に入ってしまって、もう完全に取り憑かれている。というわけで、スネアがとにかく魅力的。もちろんオケ全体もチェコ・フィルの素晴らしいサウンドで、ミシッと詰まった響きには魅了される。タンバリンも素晴らしい。当然ながらタンバリンは手で叩くわけだが、皮膜と人間の手指のアタック感というのは実に素晴らしい鳴りを聴かせる。楽器によって皮膜に違いはあるが(牛、山羊など)、この動物感は打楽器の魅力。打楽器が素晴らしいのは繰り返し記したとおりだが、テンポも素晴らしく、9番とはこうありたいという私の希望を叶えてくれる。録音は良いとは言えず、それゆえにチェコ・フィルに期待したいサウンドも十分に再現できていないのだが、9番はその他の交響曲と比べて比較的録音機会の多い曲である中、超名門オケの豊かなサウンドを差し置いてまで当盤が魅力的なのは、やはり打楽器とテンポとリズムか。素晴らしい。

N.ヤルヴィ指揮/スコティッシュ・ナショナル管弦楽団

1987.04.14-17 Chandos

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実によくメリハリの利いた、そしてやっぱり速い、幾分暴力的とも言える嵐のような演奏。強奏部の炸裂ぶりが気持ち良い。9番をここまで大鳴りさせるとは。ヤルヴィのショスタコはいずれも素晴らしい出来で、特にこの9番以降、後期交響曲はショスタコーヴィチ演奏史において重要な指揮者の一人と言えるだろう。ヤルヴィと言えば、速い、打楽器が鳴る、リズムが抜群、という印象そのままに、9番ではあざといと言えるほどの(あるいは金管と打楽器の強奏によるインパクト重視の)演出がよく合っている。4楽章も金管の鳴りが印象的だが、決して雑にならずに細部まで職人的に取り組むオーケストラが良い。9番は、比較的録音に恵まれている交響曲だと思うが、こうしてヤルヴィを聴いてみると、「やっぱりヤルヴィが好き」と原点に返ることになる。このディスクに併録されている「祝典序曲」、歌劇「カテリーナ・イズマイロヴァ」組曲、「タヒチ・トロット(二人でお茶を)」も、いずれも名演。

スヴェトラーノフ指揮/ソビエト国立交響楽団

1978 Venezia

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これだ!これぞソビエト全開のスーパー・ハイテンション。スヴェトラーノフ率いるソビエト国立響の魅力を十分に感じられる。やはりこの強奏部におけるぶりぶりと唸る金管と、ゴリゴリと凄まじい弾き込みの弦楽器、脳天直撃の木管が魅力なのである。耳が痛くなるようなこの音色に快感を感じるのは、もうすっかりスヴェトラーノフ・マジックにかかった証拠だ。わずか4分40秒で駆け抜ける怒涛のような1楽章。暴走列車のごとき強引さと凶悪さに、痛快な思いをすること間違いなし。9番がどんな背景のもとでに作曲されたのか、それは有名な話である。しかし、そんな諧謔性や皮肉、嘲笑はお構いなし。とことんパワーを見せ付ける。すると不思議なことにショスタコーヴィチの天才的オーケストレーションが炸裂して、もの凄く面白い音楽になる。色んな聞かせ方があるのだなぁ、とショスタコーヴィチの幅を改めて感じさせる名演奏。

コンドラシン指揮/アムステルダム・コンセルトヘボウ管弦楽団

1980.03.06/Live Philips

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コンドラシンのライブ録音が持つ特別な魅力というものがある。もちろんコンドラシンはショスタコーヴィチ全集を世界で最初に完成させた指揮者であり、それはスタジオ録音によるもので、強烈な印象を残しているわけだが、こうしてライブ録音があちこちに点在しており、これを蒐集するのがショスタコーヴィチ・ファンとして格別の趣味となるわけである。フィリップスからリリースされたこのリミテッド・エディションの15集がショスタコーヴィチ6番とニールセン5番、そしてこの16集がプロコフィエフ3番とショスタコーヴィチ9番というアルバムで、燦然と輝く素晴らしいディスクである。コンドラシンのライブの魅力は筆舌に尽くし難いが、まさに「ライブ感」とでも言うべきか、指揮者とオーケストラの攻防まで感じさせるこのリアリティあるオーケストラの息遣いこそ味わいたい。コンドラシンが指揮台で暴れ回る姿が想像できる。引き締まったテンポとコンセルトヘボウ管の油断のない緻密なサウンドが魅力的で、終演後には思わず拍手をしたくなる。左右のスピーカーに挟まれながら、コンドラシンのライブ録音を聴き、幸せだな、と思うのである。

コンドラシン指揮/モスクワ・フィルハーモニー管弦楽団

1965 BMG/Melodiya

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コンドラシンならではの一直線のスピード感、テンポ感が素晴らしい。キリッと引き締まった演奏で、モスクワ・フィルのギンギンに尖った鋭い音色が魅力的だ。明瞭なサウンドで各ソロも主役級の存在感がある。大袈裟な歌い回しはないが、2楽章の三拍子のドラマチックなことと言ったら!コンドラシンがショスタコーヴィチ演奏の天才であることを否が応にもわからせてくれる。スネアの鋭さはさすがコンドラシン。オーケストラに埋もれることなく、前のめりで軽快にタッタカタッタカと切り込んでくる。全体的にテンポがかなり速いが、このテンポあってこそのコンドラシンのショスタコーヴィチと言えるだろう。このドライブ感は比類ない。5楽章ラストのタンバリンもまた素晴らしい。オケがドン!と鳴ればタンバリンがパン!と鳴る。タンバリンの(鈴ではなく)ヘッドの音をここまで聴かせる録音はそう多くはないだろう(実際の演奏ではもちろん人間の手と動物の皮の打撃音が明瞭に鳴る)。

ロジェストヴェンスキー指揮/ソビエト国立文化省交響楽団

1982.12.21/Live Brilliant

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何もここまで…、というロジェストヴェンスキーの9番。高速テンポで強烈な弾き込みの弦楽器と、どこから鳴っているのかという管楽器と打楽器に圧倒される。畳み掛けるような爆演の3楽章のあと、4楽章のべったりとした悲痛で濃密なサウンド、そして5楽章はもう何だか大変なことに。ティンパニはこれでいいのだろうか…、いや、これがいいのだ!と、通常の感覚からは異なる美意識を育てられる。どんどん加速しつつ楽器を重ねていく5楽章の猛攻は白眉で、9番ってこういう演奏ができるんだ…、と。誰も成し得ない領域に到達したロジェヴェン。非常に疲れる演奏であり、30分に満たないこの曲の中に凝縮されたエネルギーには、ただただ圧倒され、打ちのめされる。

ロジェストヴェンスキー指揮/ソビエト国立文化省交響楽団

1983 BMG/Melodiya

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ロジェストヴェンスキーの9番である。この強烈なソビエト文化省響のサウンドよ!5楽章が白眉で、この曲をディベルティメントと評するのは間違いだったのか、と思わされるわけである。ロジェヴェン全集、というかロジェヴェンの当時録音の全般に言えることだが、もう考えるのが面倒になるほどの暴力的な説得力をもって我々をねじ伏せるのである。ソ連初というデジタル録音が良いのか悪いのか、音程はこれでいいのか、これは上手いと言えるのか、そもそもオケってこういう鳴り方をするのか。そういうことを考えると、他の録音と比較して聴くこと自体がどうなのだろう、というジレンマに陥る。いや、ショスタコーヴィチとはこういう音楽だよね!!

ラザレフ指揮/日本フィルハーモニー交響楽団

2015.10.23-24/Live Exton

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ラザレフと日フィルによるショスタコーヴィチ・シリーズから。相変わらず切れ味のある日フィルのサウンドと、エクストンの録音が素晴らしい一枚。重くならず明るく都会的でスピーディなサウンドがとても魅力的。時に強烈なアクセントも雑には聴こえない。9番でこのサウンドは真価を発揮しているだろう。各楽器の濃密で熱気あふれる演奏が、ライブ録音の面白さもあってこのディスクをなおさら価値のあるものにしている。録音の良さもあって、ハッと驚くような細部まで明瞭に聴こえてくる。3楽章の喧騒ぶりも非常に好みなのだが、スネアや小物打楽器の活躍が楽しい。全編に漂うロシアの田舎っぽい垢抜けないメロディを、スラーでわざとらしく歌う表現など、ラザレフらしいエンターテイメントを聴くこともできる。ラザレフの唸り声、タンバリン、スネア!素晴らしい。

井上道義指揮/新日本フィルハーモニー交響楽団

2016.02.13/Live Octavia

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本来、日比谷公会堂の交響曲全曲演奏プロジェクトでは2007年11月18日に広島交響楽団が9番を演奏していたが、「どうしても合点がいかなかった」という井上の意向で、2016年に日比谷公会堂で再録された。録音はより豊かになっているが、日比谷公会堂の独特な響きは健在(私自身は日比谷公会堂で演奏した経験はないが、これはもう唯一無二の響きなので、サントリーやトリフォニー、ミューザのようなシンフォニックな響きとはまるで違うものの残しておいてほしいホール)。約10年を経た再録の9番は、さすがに満を持しての完成度である。密度の高い迫力ある金管はじめ、明瞭な輪郭を持ったサウンドが素晴らしい。個人的には、トライアングルの倍音を含んだいかにも金属な音色が好き。そして5楽章のタンバリンが素晴らしすぎる。

テミルカーノフ指揮/サンクトペテルブルク・フィルハーモニー管弦楽団

1995.09.22 RCA/BMG

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1995年のテミルカーノフ。ムラヴィンスキーの後継である。そしてこのジャケット写真を見よ。冷戦後ソ連崩壊を経てレニングラード・フィルの指揮者がこのオシャレで都会的な佇まいよ!無論テミルカーノフはソ連時代から素晴らしい名演の数々を残しているが、こうしてサンクトペテルブルク・フィルへと改称したこの名門オケでは洗練された都会的なサウンドを聴くことができる。9番は代表作と言ってもいいと思う。速めのテンポで弛緩することなく全曲を25分で駆け抜けてみせる。あの爆走のテミルカーノフが、90年代からこうしたサウンド作りに入っていたのは興味深く、1995年9月21日、22日の2日間で収録された5番と9番の録音はショスタコーヴィチ演奏史において大きな意味を持つのではないか。

スラドコフスキー指揮/タタールスタン国立交響楽団

2016 Melodiya

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原色サウンドが魅力的なスラドコフスキーの全集から。1楽章はゆとりのあるテンポでじっくり聴かせる。無理がないのでこのオケの魅力を感じることができる。2楽章も落ち着いた表現でしっとりと味わい深い表現。そして3楽章、このテンポで大丈夫か!?と思わされるが、実にメリハリの効いた名演である。ここまで切れ味のあるスピード感を味わえるのは、スラドコフスキーの印象を覆す。タタールスタン響は旧ソ連系の流れを受け継いでいるのか、しっかりと金管打楽器を鳴らしてくるが、11番などはかなり無理が感じられるところ、9番においては実力が十分に発揮されたと言えるのではないか。そして、重めのタンバリンの音色が理想的。

ケーゲル指揮/ライプツィヒ放送交響楽団

1978.09.05/Live Weitblick

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圧巻のケーゲル。ショスタコーヴィチ演奏において、確かに「ケーゲルのショスタコーヴィチ」という世界がある。ドレスデン生まれだが、東ドイツの指揮者として活躍、社会主義思想の持ち主とされ、東西ドイツ統一直後に拳銃自殺でこの世を去るという壮絶な人生を送っている。ケーゲルが振るショスタコーヴィチには独特な表現があり、その一つが、ある種の余裕のない真っ直ぐさであり、9番についても、この曲を煌びやかに演奏するということはない。暗い。しかしこれがケーゲルの世界であり、例えば、私はビールを半ダース飲みながらケーゲルの選集を聴いていると、まるで私がこれまで親しんでいたショスタコーヴィチとは違う世界に閉じ込められるような、どこか息苦しい、しかしこのままここにいたい、という酩酊感に包まれる。このディスクは9番のあとに5番が収録されており、この世界から抜け出したくないとなぜかひと続きに聴いてしまう。

ショルティ指揮/ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団

1990.05/Live Tower Records/Decca

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ショルティとウィーン・フィルという奇跡的なコンビによるショスタコーヴィチ。5番も同じコンビで収録されているが、この9番も格別な演奏である。ショルティのショスタコーヴィチへの取り組みは志半ばで途絶えてしまったが、ショルティがショスタコーヴィチを振り始めて比較的初期に録られたこの9番は、既に一曲の芸術作品としてショスタコーヴィチの魅力を十分に伝えるものになっている。ショルティらしい明瞭でスピーディなサウンド作りと、ウィーン・フィルのオーケストラの豊かな響きに親和性はあるのかと思わせるが、こうして組んでみるとやはり面白い。一流同士のぶつかり合い。

V.ペトレンコ指揮/ロイヤル・リヴァプール・フィルハーモニー管弦楽団

2008.07.29-30 Naxos

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全15曲、ブレのないペトレンコの一貫とした演奏スタイルと録音が素晴らしい全集。少し力の抜けた客観的なアプローチが特徴的だが、9番などはさぞ軽快でふわっとした演奏なのだろうと思えば、意外にも力が抜け切れていないザクザクとした切れ味を聴かせる。明瞭なサウンドは相変わらずで、3楽章などは気持ち良いほどの快速テンポの中、整ったアンサンブルでハッキリとしたアクセントを聴かせる。全体的に前傾姿勢のテンポ感で、美しいサウンドと切れ味が魅力的。「速さ」はやはりショスタコーヴィチには良い効果をもたらすもので、サーカス的な色彩感豊かな曲想を一層に盛り上げる。5楽章なんてもう「ヒャッハー!」と飛び上がりそうなほどだ!2000年代の録音でこうしたディスクが出てきたことを嬉しく思う。

クライツベルク指揮/ロシア・ナショナル管弦楽団

2006.04 Pentatone

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クライツベルクは、ビシュコフの弟でユダヤ系ロシア人指揮者。11番の名演が知られているが、残念ながら癌により2011年に若くして亡くなっている。正統派の曲解釈とロシアン・サウンドで、小気味良いテンポ感とソロの技巧が光る一枚。細部まで丁寧でありながら、速めのテンポの勢いの中で大胆な切り込みと適切にコントロールされた表現が素晴らしい。わかりやすく明瞭な演奏。1楽章旋律のスラーの付け方は気になるが、これも実に明快。随所にまで指揮のコントロールが行き届いている。

ネルソンス指揮/ボストン交響楽団

2015.10/Live Deutsche Grammophon

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ネルソンスらしく、実にバランスが良い。9番に期待したい多くが込められた演奏で、爽快かつ重厚、録音の良さもあって素晴らしいディスクだ。1楽章はまるで一つの完結した管弦楽曲のよう。2,4楽章の安定の鳴りは言わずもがな、3楽章は「そのテンポでいくか!?」と驚くままに突入して抜群の安定感だから、これはもう本当にスゴイ。オーケストラと指揮者の相性や技術的な成熟度に舌を巻く。5楽章のテンポ感のコントロールも素晴らしい。ネルソンスのこのシリーズは、それにしても録音が良い。CD録音を家で聴く醍醐味がある。ショスタコーヴィチで時折鳴るピロピロ系の木管も弦楽器も、圧倒的な存在感。併録の5番、8番、劇音楽「ハムレット」も素晴らしく、よくぞ2枚組でここまで充実したCDを出してくれたものだと感謝。

M.ショスタコーヴィチ指揮/プラハ交響楽団

2003.04.07-08/Live Supraphon

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微妙に不安定なテンポにハラハラしながらも、最後まで楽しく聴ける演奏。弦楽器の音程の悪さとかは、もうここまでくると誰も何も言えない。そういうのはまあ別にいいことにして(ん?)、音楽の流れを聴いてみよう。これは好みによるものかもしれないが、9番って軽妙である必要はないのだと思う。むしろそうではなくて、もっと硬質な響きが重要なのだ。それは4楽章などの重いところだけではなく、1楽章とか3楽章に関しても。5楽章のラストは、やっぱりこれも爆裂のしどころが人とズレてるとしか言いようがない。

タバコフ指揮/ブルガリア国立放送交響楽団

2010.05.17-21 Gega New

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タバコフ全集で個人的に最も好きなのは、この9番である。素朴かつ無骨にゴリゴリ、ガシガシと奏でるサウンドは現代の録音ではそうそう他に聴くことはできないだろう。では、スラドコフスキー全集のように昔ながらのロシア系サウンドなのかというとそうでもなく、意外にもスケルツォがちゃんと箱に収まるような指揮者なのである。細部で言えば取っ散らかっている箇所もあれば、またテンポの合わない部分もある。しかし、ある種のエネルギーがこうした乱れを含んでなお一つの音楽の流れを作っている。これが説得力というものだ。タバコフは全体的にテンポは速めで、決して流れを損なわない。テンポ感が破綻しないので、細部のアンサンブルはそう気にせずとも輪郭が格好良く出てくる。

スピヴァコフ指揮/ロシア・ナショナル管弦楽団

2000.03.07,09,09.09/Live Exton

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鋭い切れ味と無駄のない響き、研ぎ澄まされたサウンドが素晴らしい。まったくもって不足のない金管や、細部まで練り上げられた木管、ロシア・ナショナル管の切り込み隊長のようなスナッピを締め上げたスネア、いずれも9番で聴きたいサウンドそのものである。会場ノイズまではっきりと拾う昔ながらのライブ録音だが、オケの輝くような音色を味わうことができる。ロシア・ナショナル管の実力を思い知る一枚。

キタエンコ指揮/ケルン・ギュルツェニヒ管弦楽団

2002.04.29-30 Capriccio

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録音が良く安定した演奏のキタエンコ全集。重心が低く、しっかりと下の音が聴こえてくる。しかし重苦しかったり、妙に深刻ということもなく、緻密に構成された演奏。速めに演奏される2楽章が魅力的で、この重いサウンドをもって決して鈍重にならない。また、3楽章以降は金管のパワーもあり華やかになる。ティンパニやスネアも好演している。キタエンコ全集の特徴でもあるが、打楽器は前線まで出てきて強烈に自己主張するようなことはないながら、それでもある一定のラインのところで防御を固め、職人的に伴奏に徹している。決して埋もれるようなことはないし、常にタッタカタッタカとコントロールされたバランスで鳴っている。音質の良さは言うまでもなく、高音から低音まで目まぐるしく動き回るこの曲を、とっ散らかることなくしっかりと落ち着いて聴かせる。

ポリャンスキー指揮/ロシア・ステート交響楽団

2003.06 Chandos

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2000年代になってからのポリャンスキーの交響曲録音。ソ連オケらしいサウンドは健在で、どこか怪しい金管の音程も含めて「これがいい」のだと感じる。極端なケレン味があるわけでもなく、とても真っ当な演奏でありながら、ソ連サウンドが生きている。9番は聴いた感じよりも意外と複雑な楽譜で難しい曲だが、リズム感とソロが良く、この曲の魅力を存分に伝えてくれる。3楽章は速いが無理も破綻もない。確かな実力のオーケストラが真摯に取り組むとこのような素晴らしい演奏になる。当盤は、貴重な「コルジンキナの冒険」や「ダヴィデンコの二つの合唱曲」を収録している。

ノイマン指揮/チェコ・フィルハーモニー管弦楽団

1974.09.16-17 Supraphon

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この独特な響きはやはり素晴らしい。ノイマンとチェコ・フィルによる田舎の土臭いサウンドは唯一無二だろう。そしてこれがショスタコーヴィチに合うとは思わないものだが、実にしっくりと落ち着くのである。スネアの深い音色、ティンパニのデッドな音程と音色。他のショスタコーヴィチ演奏ではまず聴かれないような渋くてコクがあるサウンド。

デュトワ指揮/モントリール交響楽団

1992.05 London/Decca

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デュトワとモントリオールの黄金コンビ(デュトモン)による9番。格別の美しさがある。速めのテンポと流れるような美麗なサウンドの中、要所で力強いアクセントをねじ込もうともまるで造形上の破綻がないのは見事としか言いようがない。表面上美しいというだけでなく、指揮者、オーケストラともに高い技術と表現力によるスコアの再現が素晴らしく、多くの人に愛される芸術作品としての完成度を誇っている。

デプリースト指揮/ヘルシンキ・フィルハーモニー管弦楽団

1993.10 Ondine

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古風で幻想的な響きが魅力的なデプリーストとヘルシンキ・フィルのショスタコーヴィチ。9番もしなやかな演奏で実に渋い。ヤルヴィのように明るく軽快な演奏とは対極ながら、造形がしっかりしており密度が高く聴き応えがある。力強く分厚いサウンドではないが、全編を通して逞しい響き。

レヴィ指揮/アトランタ交響楽団

1989.05.05,09.25-26,12.02 Telark

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明るく冴えたサウンドが素晴らしく、レヴィのショスタコーヴィチ録音の中では最も良いと感じる。テンポやリズムも良く、切れ味と明瞭な表情、サウンドの全てが良い方向に生きている。この曲に諧謔性や作曲背景を読み解きたい同志には向かないかもしれないが、明るく伸びやかなサウンドで9番を演奏するとこのように華麗で立派な演奏になるということがよくわかる。

インバル指揮/ウィーン交響楽団

1992.10.13-15 Denon

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いつもながら丁寧で整った演奏だが、よくもここまで9番をつまらなそうに演奏できるものだと感心する。ならばもういっそ別の曲だと思って聴いてみると、半ば中毒になるような魅力に捉われる。9番の作曲経緯を考えれば、わいわいと茶化して見せるようなお道化がほしいところだが、そういうものとは無関係でひたすら真面目。ハイティンクの生真面目さともまた違った地味な表現で、こういう聴かせ方があったのかと驚く。スネアはコツコツと抜ける明るい音色で、特に両端楽章の強打が素晴らしい。

オイストラフ指揮/ソビエト国立交響楽団

1969.12.29/Live Russian Disc

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ショスタコーヴィチの盟友であり、ソ連の代表的ヴァイオリン奏者オイストラフの指揮による演奏。オイストラフは指揮者としても一流で、この9番も実に骨太で細部まで説得力のある演奏。69年のソビエト国立響の実力なのかライブゆえの瑕疵も散見されるが、当時の空気感まで再現しているような生々しい演奏は魅力的だ。

バルシャイ指揮/ケルンWDR交響楽団

1995.07.12-14,09.14,1996.04.26 Brilliant

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バルシャイのショスタコーヴィチ演奏は、どこかほの暗い闇に覆われているようだが、9番も例外ではない。不気味というほどではないが、払拭できない闇を感じるのは確かで、ある種の張り詰めた硬質な響きが独特で魅力的。5楽章のラスト、駆け込むようなサーカス状態になりがちだが、バルシャイはひたすら真面目で控え目。あえて抑制しているのだろうが、やはり暗い。録音が良く、WDRの濃密なサウンドを味わえる。タンバリンはバシャバシャ系の響き。

コフマン指揮/ボン・ベートーヴェン管弦楽団

2003.06.05-07 MDG

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大袈裟にならずにコンパクトに綺麗に畳むコフマン全集のアプローチと9番は相性が良いだろう。どこを切り取っても自然で、いささかも力むことなくショスタコーヴィチを味わうことができる。速めのテンポ感ながらしっかりと安定したリズム。際立って明るく鳴るタンバリンも魅力的。

ハイティンク指揮/ロンドン・フィルハーモニー管弦楽団

1980.01.15-16 Tower Records/Decca

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速めのテンポで引き締まった演奏。ハイティンク全集らしい勢いとストイックさで、一気に聴かせる魅力がある。どこか冷めた響きが、特に緩徐楽章を置いてけぼりにするようなそっけなさがある。9番はバラエティ豊かで煌びやか、弾けるような勢いの中に諧謔性を楽しむものだ、と思っていると、そういう期待には一切応えてくれない冷たさ。この面白みのなさがハイティンクの面白さ、ということか。

K.ペトレンコ指揮/ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団

2020.10.31/Live 

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2019年にラトルの後任としてベルリン・フィルの常任指揮者となったキリル・ペトレンコによる8-10番の3曲を収めたCD&Blu-rayBOXである。コロナ禍中であり、観客がいなかったり、またはマスク姿であったりするわけだが、これはライブ録音。3曲とも同様の感想だが、まず何よりオケが素晴らしく、これら難曲の前にまったくもって余裕があり、響きが豊かである。リズムの破綻もなく、改めて世界最高峰の技術を目の当たりにする。ジャケットとライナーはトーマス・デマンドという写真家によるもので、特殊な装丁が美しい(CDラックに収めにくい)。ライナーも充実しており、28Pにわたる日本語訳も付属する。ここまでが3曲共通のコメントとする。さて、9番はこの3曲の中で最初の録音で、まばらだが客も入っている。他2曲と比べるとライブ感があって楽しく聴くことができるが、安定の技術力と整った表層で良くも悪くも「どんな演奏を聴かせてくれるのだろう」というワクワク感はない。

ヤンソンス指揮/オスロ・フィルハーモニー管弦楽団

1991.01.25-30 EMI

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とてもバランス良くまとまった一枚で、偏った好みからは「可もなく不可もなく」的なオーソドックスで面白みがないものの、ハイティンクのような面白みのなさが一つ個性となっているような演奏とは違い、これといった特徴のないバランスの良さ。1,3,5楽章は速めのテンポながら、しっかりと造形されており無理がない。軽快で抜けの良いスネアも素晴らしい。

カエターニ指揮/ミラノ・ジュゼッペ・ヴェルディ交響楽団

2003.02/Live Arts

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カエターニの華やかな音色には、9番はよく似合っている。全体的に遅めのテンポでスピード感はないが、厚みのあるアンサンブルは素直に美しく、録音の良さと相俟ってこのテンポだからこそ引き出せる魅力があると感じられる。3楽章の打楽器が多彩な響きで、大変面白い。5楽章の97アレグロ前のリタルダンドがもの凄く大袈裟で演技的なのだが、それもまた不思議な説得力と魅力がある。終演後は、拍手あり。

ウィグレスワース指揮/オランダ放送フィルハーモニー管弦楽団

2004.12 BIS

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ウィグレスワースの全曲録音再開、8番に続いて9番。スマートで整然とした演奏だが、音質が素晴らしく、細部までとても密度の高いサウンドを聴かせてくれる。ダイナミクスレンジが広くていちいち疲れるが、9番の軽妙さや諧謔性はさておき、サウンド自体は暗めで全体的にテンポも遅いので重い。独特の溜めはあまり好きではないが、大太鼓やスネアのカツカツと明瞭で爽快な響きは良い。

バーンスタイン指揮/ニューヨーク・フィルハーモニック

1965.10.19 Sony

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堅実なテンポとアンサンブルで、しっかりとした丁寧な造形を見せてくれる素晴らしい演奏。このバーンスタイン盤こそベストだ、という方も多いだろう。テンポの遅さはこの曲のある種の魅力を削ぎ落としているが(例えばヤルヴィに聴かれるような高速テンポが引き出す魅力を)、伝統的なクラシック音楽の正統な延長上にある作品としての立ち位置を改めて感じさせてくれる。

バーンスタイン指揮/ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団

1985.10/Live Deutsche Grammophon

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旧盤から20年、ウィーン・フィルとのライブ録音である。ウィーン・フィルのサウンドで聴くショスタコーヴィチの違和感。ウィーン・フィルの芳醇なサウンドと、どこかショスタコーヴィチに戸惑っているかのような歯切れの悪さに、どうにもしっくりとこない。テンポの遅さもあることながら、ショスタコーヴィチではないバーンスタインの世界を聴いているような気分になる。しかしこれはこれでありなのだろう。この爽やかなジャケット画は、アレクサンドル・デイニカというロシア人画家の作品。

M.ザンデルリンク指揮/ドレスデン・フィルハーモニー管弦楽団

2018.10.06-08 Sony

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ミヒャエル・ザンデルリンクの交響曲全集を1番から順番に聴いていくと、1,2,3と聴いた辺りで「これは9番に期待だ!」という気分になってくる。というのは、ショスタコーヴィチの長大な作品のみならず、短めの交響曲を丹念に仕上げて、高品質な録音でアッと言わせる演奏もあるのであって、録音数の少ないこうした交響曲で名演を世に出している指揮者は多かろう。さて、ミヒャエルの9番である。1楽章が意外と遅い!基本的に速め設定のミヒャエルが、やや重めの表現。なお、ベートーヴェンとの対比をイメージして出版されたわけだが、9番と言えばショスタコーヴィチ自らベートーヴェン9番やジンクスへの影響があって、軽めのディベルティメントに仕立てたとも言われる。当盤はこれまでの全集の流れ通り、音色は渋く深い。首尾一貫したアプローチであり、9番が浮いているという印象もなければ、やはり交響曲全体のバランスの中で成り立っている。

ノセダ指揮/ロンドン交響楽団

2020.01.30,02.09/Live LSO

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ノセダとロンドン響による9番と10番の2枚組。ロンドン響の素晴らしい響きと録音によってライブの熱気を十分に収録している。極上のサウンドで安定感あるソロは素晴らしい一方、リズム感が気になるのと、個人的には強弱の付け方やスラーがあざとく感じる上に、それほどコントロールが効いていないので効果的には思えない。好みの問題か。

ラハバリ指揮/BRTフィルハーモニー管弦楽団

1990.09.26-29 Naxos

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ラハバリはベルリン・フィルでカラヤンの助手も務めたイラン出身の指揮者。BRTはベルギー放送響とも。現在のブリュッセル・フィル。ナクソスに5番、9番、10番を録音している。細部の処理が曖昧でオケの力量は奮わないが、演奏そのものは堅実で勢いがある。特に5楽章が良い。ナクソスの単にカタログ的な演奏という評価では足りないだろう。

チェリビダッケ指揮/ミュンヘン・フィルハーモニー管弦楽団

1990.02.09/Live EMI

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チェリビダッケはショスタコーヴィチの中では9番をよく演奏していたようで録音も複数残されているが、独特のチェリビダッケ風の世界観でもってショスタコーヴィチを表現して見せる。遅い。このチェリビダッケの遅さは、「展覧会の絵」のような極端な遅さにまでなるとある種の「目覚め」が訪れるが、9番はその軽妙さや諧謔性を失いながらも「チェリビダッケのショスタコーヴィチ」という唯一無二の世界観を作り上げている。ミュンヘン・フィルの濃密なサウンドが素晴らしい。

アシュケナージ指揮/ロイヤル・フィルハーモニー管弦楽団

1989.01 Decca

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明るく冴えたサウンドが生きており、ロイヤル・フィルは相変わらず素晴らしいサウンドを聴かせてくれる。アシュケナージらしい速めのテンポであっさりした演奏で、オーソドックスな内容。オケのメリハリとスピード感が良いが、しかしながら勢いで雪崩れ込んでいくような箇所が多く、細部まで音楽を味わえるという感じでもない。

ボレイコ指揮/シュトゥットガルト放送交響楽団

2009.05.28-29/Live Haenssler

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5楽章が良い。勢いのあるテンポ、メリハリのあるサウンド、強奏から弱奏まで丁寧ながらドラマチック。しかし、サウンドは良いし技術的にも申し分ないオーケストラのはずだが、ライブということもあってか、1楽章のスネアが遅れがちで後ろに引っ張る。これがどうしても気になり、全体の完成度が今一つ劣る。要所でボレイコがコントロールしようとするものの、噛み合わない。レフィーマだろうか、シャバシャバと鈴が鳴るタンバリンが良い。

ジュスキント指揮/シンシナティ交響楽団

1979 Voxbox

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ワルター・ジュスキントは、プラハ出身でピアニストしてキャリアをスタートし、後にイギリス、カナダ、アメリカで活躍した指揮者。真面目に取り組んだ一枚ではあるものの、面白さはない。テンポそのものが遅いというよりはスピード感や推進力に欠け、全体のバランスは良くオーケストラも上手いものの、これといった魅力がない。

ロストロポーヴィチ指揮/ワシントン・ナショナル交響楽団

1993.01 Warner/Teldec

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1楽章はテンポが弛緩しており、9番に求めたい煌びやかで多彩な響きは得られない。また、ロストロポーヴィチが手を加えるスラーやパウゼがどうにも気になってしまう。3楽章はオーケストラの明るいサウンドと相俟ってなかなか良い。

スロヴァーク指揮/スロヴァキア放送交響楽団

1988.01.07-11 Naxos

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スロヴァーク全集には他にはない魅力があるのも確かで、我が青春のナクソスだけに愛着もあるが、9番のように薄いオーケストレーションで奏者の技術力が丸裸で問われるような曲にあっては、さすがに分が悪い。無理のないテンポでじっくりと演奏されるが、技術は露呈される。ショスタコーヴィチの演奏には一定以上の技術がどうしたって求められるということがよくわかる。

サージェント指揮/ロンドン交響楽団

1959.10 Everest

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1959年の録音ながら、原盤もリマスタも良いのだろう、驚くほど良い録音。しかしながら、1楽章の最初の一音から「これは違う」という違和感を覚えずにはいられない、ちぐはぐな演奏であるという印象。オケは良いにもかかわらず、リズムは落ち着かず、テンポも無粋。

クーセヴィツキー指揮/ボストン交響楽団

1946.08.10/Live Everest

アメリカ初演のライブ録音。あくまでヒストリカル音源として録音状態をどうこうというものではないが、演奏はオーケストラの力量に支えられてしっかりと造形された確かなもの。しかし特別な魅力があるのかというと、それは感じられない。あくまで歴史の一コマとしての記録。