交響曲第14番 ト短調 作品135

バルシャイの録音を紹介する。※2022年時点で聴くことのできるディスクはここに挙げる5種。

バルシャイ指揮/ケルンWDR交響楽団

シモーニ(S),ヴァネーエフ(Bs)

1999-2000 Brilliant

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さすが初演者バルシャイ。14番においてバルシャイの右に出る者はない。現在聴くことのできる5種の録音はいずれも素晴らしい出来栄えだ。この最新盤は、これまでの録音に比べるとだいぶヒステリックな様相は影をひそめ、老巨匠としての風格に満ちた演奏。しかし、大人しくなったとはいっても、その恐怖感は衰えてはいない。暗く、どろどろと歌い上げるソプラノはやはり怖い。深く沈みこむような音色と、バランスの良いアンサンブルはバルシャイの魅力の一つ。モスクワ室内管と比べてオーケストラの方向性は異なるものの、健在である。なお、バルシャイ全集は録音年月日が各曲詳細に記されているにもかかわらず、この14番だけは上記のとおり記載になっている。

バルシャイ指揮/モスクワ室内管弦楽団

カスラシヴィリ(S),ネステレンコ(Bs)

1975.05.16/Live Tokyo FM

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うおー(T◎T)伝説のバルシャイ指揮による日本初演がディスクになったぞ!当時は赤坂のサントリーも池袋の芸劇も(まして錦糸町のトリフォニーも)存在せず、場所は上野の東京文化会館。デッドな響きがまた格別に美しいが、SACDによる音質も我が家のオーディオを十分に鳴らしてくれた。初演盤、初録音盤との比較は野暮なものとも思うが、均整の取れたどこかゆとりを感じさせる演奏は、また別の魅力を引き出している。やはりバスのネステレンコ、たっぷりと深い声質が、この曲にヒステリックなだけではない危機感を与えている。なお、このディスクのライナーは対訳を一柳富美子先生、解説を工藤庸介さんが担当している。

バルシャイ指揮/モスクワ室内管弦楽団

ドルハノヴァ(S),ネステレンコ(Bs)

1971.09.26/Live ica

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20枚組ボックス「ルドルフ・バルシャイを讃えて」から、71年のライブ録音。録音状態は悪くはないが、ソロとオケのバランス、楽器間のバランスが良くない。オケが遠く、ソプラノがとても近い。ドルハノヴァの歌唱が暗く太めに収録されているので、ヴィシネフスカヤで聴き慣れていると好みは分かれるだろう。木琴やトムトムも暗いので、録音の性質もあるか。覇気のない打楽器はいただけない。バルシャイの中ではわざわざ一番に手に取るべきディスクとは思わないものの、バルシャイの14番の演奏史としては興味深い一枚。それにしてもこのボックスの充実度は凄まじい。奏者として、指揮者としてのバルシャイの記録が刻まれており、ショスタコの室内楽曲の他、マーラー10番(バルシャイ版)の都響とのライブ録音(2003年2月8日)が収録されている。同志諸君はマーラー10番は当然バルシャイ版を支持していることと思うが、ユンゲ・ドイチェ盤と並ぶ名盤であり、これは手元に置いておきたい。

バルシャイ指揮/モスクワ室内管弦楽団

ミロシニコヴァ(S),ウラジミーロフ(Bs)

1970 Victor/Melodiya

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バルシャイによる初録音盤。録音年の記載は無いが、70年と思われる。初演ライブ盤よりも遥かに音質が良く聴きやすい。ソプラノも艶のある美しい声で、この曲の不気味な雰囲気を見事に歌い上げている。ライブ盤のようなミスもなく、この曲の最も理想的な姿だと思える。多彩な打楽器群はとてもクリアに響く。まさに非の打ち所のない名演であろうと思う。「死」というテーマに対してのショスタコーヴィチの姿勢を感じることができ、迫真の緊張感を持っている。この美しさは他に比類ない。69年ライブ盤とあわせて、必聴必携。

バルシャイ指揮/モスクワ室内管弦楽団

ヴィシネフスカヤ(S),レシェティン(Bs)

1969.10.06/Live Russian Disc

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私が最も好きな14番の録音。モスクワ初演のライブ録音。ものすごい迫力と恐怖。ヴィシネフスカヤの鬼気迫る歌唱は、もしや本当に、大丈夫か、と思うほどの狂気。歌なのか?叫び、呻き、喘ぎ、特に5楽章からアタッカする6楽章「マダム、ご覧なさい!」、もしあなたがこの曲を一人で熱心に聴いているところを理解のない家人にでも見られようものなら、正気を疑われるだろう。気を付けた方がいい。バルシャイの同曲の録音は、さすがに初演者だけあってどれも素晴らしいものだ。初録音盤も名演だが、録音の悪いこのライブ盤を私が好むのは、やはり打楽器をはじめとする攻撃的な表現。トムトムは革が破れんばかりの(録音レベルも振り切っているので割れている)大音量で叩いている。特に終楽章、トムトムの連続する2撃が、まるでこの世の終わりとでもいうかのような破壊的な音色。ちなみに、最後には楽譜にはないトムが付け加えられている(そして全てをかき消す)。この演奏にはショスタコ氏も立ち会っているはずなので、事前に何らかの相談はなされたはず。識者に伺ったところ、バルシャイの提案に対して、試してみようとなったものの、その後は採用されなかったのではないかとのこと。これはこれで一つの形態かと思われる。後にはミヒャエル・ザンデルリンク盤でも聴くことができる。なお、有名な話だが、この演奏を聴いたショスタコーヴィチ自身は歌い手のミスをひどく気にして怒っていたという。そのようなエピソードも十分に知られていながら、なお、このディスクを推すのはやはり迫力。とんでもないエネルギーに屈服させられ、ねじ伏せられる。この真っ直ぐに届いてくる音は圧巻である。聴けば聴くほど虜になる。そして、この14番という「交響曲」の持つ魅力の一つが、芳醇な響きや音程、技術よりも、聴き手に届かせようとする「声」なのだとすれば、まさにこのディスクから「声」が聴かれるのである。なお14番の「死者の歌」という副題については、ショスタコーヴィチの命名ではなく、日本でのレコード販売の際に付けられたものだが、死が濃く匂い立つこの交響曲には言い得て妙というところだ。ディスク情報としては、私はこの録音を初めて聴いたのがGPR盤。2002年に発売されたもので、ロジェヴェン、コンドラシン、ムラヴィンスキーらの廃盤したロシアン・ディスク等を復刻させたものすごく嬉しい貴重録音4枚組。学生時代、1,880円(T◎T)でTahara町田店の店頭に並んだものを手に取って歓喜したものだ。ヴェネツィアからも復刻されている。

ロストロポーヴィチ指揮/モスクワ室内管弦楽団

ヴィシネフスカヤ(S),レシェティン(Bs)

1973.02.12/Live Russia Revelation

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バルシャイ初演盤と全く同じ顔ぶれの演奏だが、異なった響きを作るのはさすがにプロの演奏家たちのなせる技。ロストロポーヴィチのスタジオ録音盤に比べ、ライブゆえに張り詰めた緊張感があるし、どこかバルシャイ盤にも似た冷たい恐怖感もある。ヴィシネフスカヤ、怖い歌い手よ…。やはり「マダム、ご覧なさい!」が圧倒的にソプラノの狂気を映し出す。70年代の録音ならもう少しクリアーな音質でもいいようなものだが、これはなかなか酷い。それでもバルシャイ初演盤よりは幾分マシな状態。それにしてもこの第14交響曲、ロストロとバルシャイの名盤の前に誰も敵わない。素晴らしいソリストに恵まれたということもあろうが、やっぱり弦楽器奏者を兼ねた指揮者だからこそなのだろうか。…しかしまあ、何だかんだ言ってもトムトムが好きなのだが。

ロストロポーヴィチ指揮/モスクワ・フィルハーモニー管弦楽団

ヴィシネフスカヤ(S),レシェティン(Bs)

1973 Melodiya

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ロストロポーヴィチは、ロンドン響、ナショナル響と全集を録音する際に、14番だけは録らなかった。かつて残したこの録音を超えることはできないと判断したためだという。したがって、全集に収録されている14番もこれと同じモスクワ・フィル盤である。ソプラノはヴィシネフスカヤ、バスはレシェティンというバルシャイのライブ盤と同じ最高の組み合わせ。しかしながらバルシャイとははっきりと別解釈による演奏。圧倒的に美しい演奏である。なお、初演のソリストをめぐってはショスタコーヴィチとひと悶着あったようで、この辺り、ショスタコーヴィチの性格が伺えて楽しい。

クルレンツィス指揮/アンサンブル・ムジカエテルナ

コルパチェヴァ(S),ミグノフ(Bs)

2009.07 Alpha

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バルシャイとロストロポーヴィチの名盤で知られるこの第14番に、異色のアプローチで名演を聴かせる恐ろしいディスクが登場した。それが1972年生まれの若きマエストロ、テオドール・クルレンツィスと、古楽器を含む弦楽アンサンブルによる一枚。ベートーヴェンの交響曲などでは古楽器による全集が出ていたりなど、その独特な響きに驚きはあれど、さすがにショスタコーヴィチへの適用は近現代の作曲家としてありなのか。…と、思うじゃあないか。しかしこのストレートな響きを聴いてしまえば、さすがはショスタコーヴィチ。時代を超越したスーパー作曲家であることが「心から」理解できる。崇高なまでの「死」への畏怖と尊厳を感じさせる弦の響きと、現代的なメカニックを排した打楽器の呪術的な暗さには、感動を覚える。このジャケットの印象に左右されてなのか、ついには宗教的な色味さえ感じてしまうというのは、いささか言いすぎか。それでいて土臭いロシア的な響きと、機能的なアンサンブルには、心底まいった。ついヴィヴラートなんて必要ないんだ!と思うほど。心の奥底に届いてくる。「1969年―、ビートルズ解散間近。東西冷戦の難局にあったこの年、『東側』を代表するロシアの巨匠ショスタコーヴィチが、新たな交響曲を発表した」と始まる帯の解説も素晴らしく、ライナーノーツも充実している。歌詞の訳は他に見たことのないもの。そして、従来よく知られる「深きところより」は、一柳訳と同じく「深き淵より」と、聖書からの引用を明示したものとなっている他、随所にキリスト教的なニュアンスを含むアプローチとなっている。ともあれ、この新しい14番の解釈と演奏に、心からブラボーと叫びたい。

ロジェストヴェンスキー指揮/ソビエト国立文化省交響楽団

カスラシヴィリ(S),サフューリン(Bs)

1985 BMG/Melodiya

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交響曲というよりは連作歌曲。その特異な編成(室内編成の弦、バスとソプラノの独唱、そして多数の打楽器)のためか、演奏される機会は15曲中でも少ない方だと思われる。非常に取り扱いの難しい曲である。こういった趣向の曲は(大管弦楽の演奏で印象を強く残す)ロジェヴェンの手には余るのでは…、と思ったら大間違い。ものすごい録音だ。1楽章「深き淵より」のバスの第一声から世界観が炸裂。弦も深く重く、ロジェヴェン全集の一つの到達点を見る。6楽章「マダム、ご覧なさい!」の狂気、8楽章「コンスタンチノープルのサルタンへのザポロージェ・コサックたちの回答」ラストの鬼気迫る弦のうねりなど、そして一転して9楽章「ああ、デーリヴィクよ、デーリヴィク」の叙情性…。確かに部分的に雑であったり、爆裂型のロジェヴェンらしいアプローチも見られるが、85年というソ連時代の録音として実に深みのある一枚。5楽章「心して」のトムトムの激打ちが楽しい。ボトムのヘッドは張らずに片皮でのチューニングかもしれない。

M.ザンデルリンク指揮/ドレスデン・フィルハーモニー管弦楽団

パスティルチャク(S),イヴァシュチェンコ(Bs)

2019.01.12-18 Sony

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ミヒャエル・ザンデルリンクの14番。期待通りの渋くて深みのある演奏。14番はバルシャイ、ロストロポーヴィチを筆頭に、もはや「専門指揮者」がいるかのような状態だが、それら超名演に切り込む一枚。クルレンツィスの独特な個性は一興だが、当ミヒャエル盤も必聴である。もはや西側・東側、というカテゴリもないオーケストラの中で、ドレスデン・フィルのこの渋い響きの何と素晴らしいことか。13番に続き、やはりオケと独唱のバランスが良い(私はこのバランスが好みです)。しなるような弦楽器の鳴りに、打楽器の好演。ショスタコーヴィチの後期の作品に目立つトムトムなどの打楽器の活躍が小気味良い。そして11楽章、バルシャイの69年ライブ盤と同様に、ラストにトムトムが追加されている!しかも洗練されている。セッション録音で追加トムとは。このトムが好きなのです。

ストゥールゴールズ指揮/BBCフィルハーモニック

アサートン(S),ローズ(Bs)

2022.01.21-22 Chandos

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最新録音で聴く14番の何と素晴らしいことよ!ストゥールゴールズによる11,12,15番に続く14番。後期交響曲を攻めてくる。個人的な好みから言えばこの14番がお気に入りで、最新のセッション録音による明瞭なサウンドと、十分にコントロールの行き渡ったある種の冷たさが心地良いことこの上ない。14番は生々しく感情的な演奏が格別に魅力的だが、こうして現代的な客観性も好きだ。クリアなサウンドで確かなテンポ感、構築力を聴かせてくれる。5楽章、トムトムは薄く硬質なサウンドで、木琴とのバランスがとても良い。最新録音でこうも薄く硬い音色を届けてくれるとは。14番のトムトムはバルシャイの69年盤やミヒャエル・ザンデルリンクがひときわ輝く存在感を示しているが、このバチバチと鳴るストゥールゴールズ盤もとてもとても魅力的である。ストゥールゴールズのシリーズ3枚目にして傑作ディスク。素晴らしい。

ケーゲル指揮/ライプツィヒ放送交響楽団

ペトレスク(S),タシュラー(Bs)

1972.03.28/Live Weitblick

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ケーゲル選集より14番。録音状態は良好。東ドイツの巨匠ケーゲルの振る14番である。独唱はドイツ語なのでだいぶ違和感があるが、透徹した空気、緊張感、シリアスさはケーゲルの作るショスタコーヴィチの世界観を反映している。ケーゲルのショスタコーヴィチはこうした純粋すぎるほどの真っ直ぐな、そして厳しい世界観を提示してくるが、14番においては曲想と相俟ってそれが加速しているように思う。録音年が古いこともあって全体的に乾いた響きだが、それがよい。特に木琴の迷いなき響きは痺れる。トムトムは表面的な打撃音が際立つが、深く広がる。骨太な弦楽器が素晴らしくて、打楽器を上手く乗せてくれる。8楽章がすこぶる格好良い。ドイツ語歌唱の新鮮さもあるが、ゴリゴリと前のめりの演奏に心奪われる。

スウェンセン指揮/タピオラ・シンフォニエッタ

ハヴェリネン(S),サロマー(Bs)

1994.09 Ondine

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原詩。決して古くはない94年のフィンランドの録音だが、この古典的な響きが感じられるざらりとした音質がとても美しい。ノイズが乗っているわけでもないのに、古い記憶に触れるような渇きがある。オーケストラも素晴らしく、ぎしっと弓が弦を擦る音まで聴こえてくるような、まるで聴き手とオケの間にある空気の透明感さえ感じられるサウンドが素晴らしく息を飲む。表面上のコーティングされた録音上の綺麗さではなく、すぐ近くでオケを聴いているときに味わうことのできる響き、とでも言うべきだろうか。丁寧に、静かに11曲を演奏し、この曲の死生観を感じることができる。独唱は原詩なのでロシア語歌唱を聴き慣れているとまた違った表情を見ることになる。やや大人しい印象だが、切なく円やかな歌声も良い。木琴、カスタネット、ムチといった木質の打楽器の冴えた響きが一層にこの曲に魅力をもたらす。

キタエンコ指揮/ケルン・ギュルツェニヒ管弦楽団

シャグチ(S),コットチニアン(Bs)

2003.07 Capriccio

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ショスタコの交響曲の中でも位置付けの難しい作品で、録音数も決して多くない上に、バルシャイやロストロの決定的な名盤があるために他の盤を聴く機会が少ない。その中にあって、キタエンコ盤は今までにないアプローチで大成功している。ひとことで言えば、キタエンコはわかりやすいのだ。どろどろと歌いこんだり、意味深気に闇の部分を強調させたりもしない。13番でもそうだったが、14番はさらに明確ですっきりと筋の通った演奏を聴かせる。「ヴィシネフスカヤの歌う『死者の歌』こそ14番なのだ」と思っているとだいぶ印象が違うとは思うが、これはこれで一つの姿であろう。あまりの新鮮さに嬉しくなった。「デーリヴィク」のまるで甘っちょろい青春映画かというようなノスタルジックな響きには泣けてくる。こういう感動が、ショスタコーヴィチの音楽の普遍性なのだろうと思う。打楽器に関しては、低めにきっちりとチューニングされたトムトムの深い響きが何より魅力的。この曲でこんなによく響くトムトムを聴いたことはない。「ローレライ」の木琴も素晴らしい響き。シャグチの歌声には好みはあるだろうが、ツンデレな隙ある甘さは好きだ(ヴィシネフスカヤはツンツン)。

ハイティンク指揮/アムステルダム・コンセルトヘボウ管弦楽団

ヴァラディ(S),フィッシャー=ディースカウ(Br)

1980.12.15-16 Tower Records/Decca

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原詩使用による。歌詞はロシア語だけでなく、ころころ変わる。当然、印象もだいぶ変わってくるのだが、実のところ、私は初めて聴いた14番がハイティンク盤なので、それこそコンドラシン全集を手にしたときにむしろロシア語歌唱に違和感を覚えたほど、というその昔。アクセントの位置も違うので、だいぶ違って聴こえるのだ。しかし、このハイティンク盤の淡々とした演奏スタイルが洗練されたホラー映画のようで好きだ。冷めた世界観が魅力的である。『ショスタコーヴィチ大研究』(春秋社)の中で井上道義がこの曲を「左脳より右脳の世界」と評していたが、ハイティンクのアプローチは知性的。冷徹な音色は冴えわたり、ヴァラディの声質と相俟って一つの芸術的な回答を見た気分にさせられる。

ベルティーニ指揮/ケルン放送交響楽団

カーヒル(S),フィッシャー=ディースカウ(Bs)

1988.02.08/Live Altus

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ベルティーニによるショスタコーヴィチの録音がこうして聴かれることに感動する。旧ソ連モルドヴァ出身の指揮者だが、活躍の舞台はマーラー全集の印象からか、ドイツの硬いイメージがある。歌唱はハイティンク盤同様に原詩。フィッシャー=ディースカウはバス表記だが、実に美しく惚れ惚れする。ケルン放送響のサウンドも鍛え上げられたもので、思わず嘆息してしまう。ぐっと引き締まった、どこか渇きのある響きを聴かせながらも、奥深いという。アルトゥスからのリリースで、ライナーは在ケルン記者の岸浩氏が書かれており、ベルティーニ愛にあふれる実に興味深いもの。

ンドラシン指揮/モスクワ・フィルハーモニー管弦楽団

ツォロヴァルニク(S),ネステレンコ(Bs)

1974 BMG/Melodiya

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やはりこの曲はソビエト勢の演奏が素晴らしい。やはりコンドラシンも期待に違わない。バルシャイやロストロと比べると印象の薄い感は拭えないが、俯瞰的でクールな演奏。そしてネステレンコとコンドラシンとの相性は素晴らしく、決してバランスを崩して主張してくるようなことはないものの、ソプラノと一体となって緊張感を構築している。

オーマンディ指揮/フィラデルフィア管弦楽団

カーティン(S),エステス(Bs)

1971.01.04,06 RCA/BMG

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14番の米国初演は1971年1月1日。まさの元旦である。演奏はオーマンディ指揮のフィラデルフィア管。同じ顔ぶれによる、そのわずか数日後のセッション録音である。2名の歌手もアメリカ人で、当時のいわゆる「西側」の演奏の筆頭である。時は冷戦、ベトナム戦争、ニクソン大統領、こうしたキーワードの世界で、ショスタコーヴィチの第14番初演である。アメリカ勢による演奏だが、既に野暮な政治的イデオロギーは感じられないばかりか、交響曲作品として実にシリアス、そして巨大なスケール感を持った演奏となっている。分厚いオーケストラの素晴らしさはもちろんのこと、細部まで磨き上げられた艶やかなサウンドを聴くことができる。録音も良い。

スラドコフスキー指揮/タタールスタン国立交響楽団

ムラディモーヴァ(S),ミグノフ(Bs)

2016 Melodiya

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メロディヤのスラドコフスキー交響曲全集から。同時期の協奏曲全集と共に、ショスタコ録音界に颯爽と現れた旧ソ連系の指揮者とオーケストラ。荒削りで録音が特に素晴らしいというわけでもないのだが、ザラザラ、ゴツゴツとしたサウンドが非常に魅力的でクセになる。大曲系はさすがにオーケストラが悲鳴を上げているが、14番や協奏曲のような小さめの編成だとその魅力を存分に味わうことができる。ギシギシと間近で聴こえるようなリアルな弦楽器、息遣いまで感じられる歌手、アタックの効いたチープで薄い響きの打楽器、いずれもこの曲で聴きたい(しかし他盤ではあまり聴けない)サウンドが良い。全集の中でも最も評価できる一枚と言える。

N.ヤルヴィ指揮/エーテボリ交響楽団

カザルノフスカヤ(S),レイフェルクス(Bs)

1992.05 Deutsche Grammophon

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安定した演奏でじっくりとスコアを解き明かしていく姿勢は好きだ。全体的に今一つ個性には欠けるものの、堅実でセンスの良い打楽器は魅力的。そして、レイフェルクスの豊かなバスはDGで録音されたヤルヴィの歌曲集と同様、素晴らしい。ベルリン・フィルの公式YouTubeでヤルヴィの振る5楽章を見ることができるが(よく5楽章を選んでくれた!)、トムの響きに陶酔する。三つ並んだトムの完璧な構図、やっぱりトムっていいよね、と。それから、DGのヤルヴィによるショスタコーヴィチは11-15番、歌曲集2枚、いずれもクーレンベックという画家によるジャケットが魅力的。メモで紹介しているので、ぜひ。それにしても、ショスタコーヴィチの声楽作品はこの14番をきっかけに聴くようになったが、実に面白い。ヤルヴィの声楽曲集もぜひ国内リマスタ復刻してほしいものだ。

ネルソンス指揮/ボストン交響楽団

オポライス(S),ツィムバリュク(Bs)

2018.02/Live Deutsche Grammophon

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注目のネルソンスの交響曲全曲録音プロジェクト第5弾。1番、14番、15番の組み合わせ2枚組。これにバルシャイ編の室内交響曲を加えている(ディスクは1番と15番の一枚、そして14番と室内交響曲の一枚。良い組み合わせだ)。ネルソンスの録音はライブの編集だが瑕もなくまるでセッション録音かという精密でノイズのないもの。この14番に関しては、これまでリリースされたどの交響曲よりもライブ感を得られるもので、生々しい。特に歌はライブ感にあふれており、これまでネルソンスが歌付き以外の交響曲をまずは全て録音した上で、いよいよ歌付きに取り組んだ挑戦的かつ十分に準備された余裕さえ感じられるもので、この臨場感は比類ない。ホールの壁を跳ね返ってくるような響き、これは小編成の弦楽合奏と打楽器によるオーケストラの醍醐味を存分に伝えてくれる。少しザラッとした感覚もあり、緊張感がある。そもそも14番のライブ録音など本当に限られたもので、こうして現代の最新録音で14番のライブ録音が聴かれることは嬉しい。それにてもネルソンス、ソ連最後の指揮者と言っていい存在であり、こうしてアメリカの美麗なサウンドを持つオケでショスタコーヴィチを振っていることが面白い。私と同年代の生まれである指揮者が、世界的オケでショスタコーヴィチを振ることに感動を覚えるのも確か。ソ連崩壊は中学1年生の冬だったな、と。さてさて、ネルソンスの残る4曲。2番、3番、13番の合唱付きいかに。12番も楽しみでならない。

クレメラータ・バルティカ

コルパチェヴァ(S),クズネツォフ(Bs)

2004.11.23/Live ECM

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クレーメル率いるクレメラータ・バルティカによる指揮者なしのライブ録音。ムジーク・フェラインザール。クレメラータ・バルティカは15番の弦楽版のアルバムが個人的には好きで応援したいところだが、果たして14番を指揮者なしで演奏することが可能なのか。打楽器は良い。当然ながらリズムを作りやすい。トムトムの低音も良い。一方、弦楽器はクレメラータ・バルティカの本領発揮とはいかなかったように感じられる。ソリストや打楽器の影で伴奏に徹しており、あまり面白くない。とは言え、この意欲的なライブの価値は十分に感じられる。

ニコリッチ指揮/オランダ室内管弦楽団

ジェイムズ(S),オリーマンス(Bs)

2013.01.18-19 Challenge

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指揮者のニコリッチは、ロンドン響のコンサートマスターを務めた名手とのこと。非常に整ったアンサンブルと見事なサウンド、録音で、ソプラノの若々しく艶やかな歌声も素晴らしい。ソリストはペトレンコ全集でも歌ったジェイムズ。緩徐楽章の遅さと5楽章をはじめとするリズミックな楽章とのテンポの差が印象的。テンポを落として思索的な奥深いのだが、ここまで綺麗に整っているとどこか物足りなさを感じるのはなぜか。

コフマン指揮/ボン・ベートーヴェン管弦楽団

タマール(S),シュトンダ(Bs)

2004.07.19-21 MDG

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コフマンによる全集は、あえて編成を小さくしているかのような室内的な響きが特徴だが、そもそも室内編成の14番に対してはどのような演奏になっているのか。堂々としたソプラノを筆頭に、凛々しく美しい立派な仕上がりになっている。打楽器の存在感が素晴らしく、ウッドブロックや木琴の乾いた細い響きが格別。明瞭なサウンドと切れ味。チェレスタ、打楽器の印象が良い。

カエターニ指揮/ミラノ・ジュゼッペ・ヴェルディ交響楽団

ポプラフスカヤ(Sp),ダヴィドフ(Br)

2006.06 Arts

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カエターニ全集の最後を飾る14番。実にのびのびとしたゆとりある演奏で、こういう表現もあるのかと改めてこの曲の魅力に気付かされる一枚。生き生きと描写される曲想に感動を覚える。歌手の粘りっ気のある歌唱や明瞭な表現も良い。輪郭のはっきりとした打楽器も素晴らしい。元々カエターニのルーツはソ連にありマルケヴィチの息子なわけだが、西欧各国の影響を受けた出自で、その表現の幅は広い。自由にあちこち飛び回るような快活な演奏はとても魅力的で、ショスタコーヴィチ全集を1番から15番まで聞き通すのもなかなか疲れる中で、カエターニ流のサウンドで飽きさせることがない。稀有な指揮者だと思う。セッション録音と思われる。

V.ペトレンコ指揮/ロイヤル・リヴァプール・フィルハーモニー管弦楽団

ジェイムズ(Sp),ヴィノグラードフ(Bs)

2013.05.04-05 Naxos

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ペトレンコの「あっさりした表現」と言ってもいいショスタコーヴィチ全集の中で、この14番をどう演奏するのだろうと楽しみに聴いてきたが、これが実に「あっさり」と「こってり」の良い塩梅なのである(こっさり?)。メリハリが利いていてサウンドがハッキリしているので、聴きやすい。14番の不気味さや不健康さ、おどろどろしい死の空気が、我々がバルシャイやロストロで聴いてきたイメージとは異なるので、まったくもって違う世界の話になっているように思うのだが、これはこれでありだろう。ペトレンコの14番として、とても説得力がある。

ウィグレスワース指揮/BBCウェールズ・ナショナル管弦楽団

ロジャーズ(S),トムリンソン(Bs)

1999.03 BIS

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ダイナミクスレンジが広く、ピアノからフォルテまでの差が大きいので聴く環境を選ぶが、透明感のある録音で非常に美しい。独唱も爽やかながら、演奏は随分と極端なテンポや溜め、弱奏部と強奏部の差を強調するなどしており、不自然に感じられる。録音が良いので打楽器も明瞭な響き。しっかりと残響のある木琴、ウッドブロックの乾いた硬質な響きと、沈み込むような深いトムトムの音色が良い。ウィグレスワースの全集は、5,6,7,10,14番までがBBCウェールズ管、5年ほど空けてからオランダ放送フィルと残りの録音を果たしている。全集化に際してSACDにリマスタ。

井上道義指揮/広島交響楽団

シャファジンスカヤ(S),アレクサーシキン(Bs)

2007.11.18/Live Octavia

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日比谷公会堂の交響曲全曲演奏プロジェクト5日目。シャファジンスカヤのソプラノが良い。アレクサーシキンは1週前の13番に続いて、こちらも素晴らしい歌唱。一方、リズムは終始気になる。いや、この日比谷プロジェクトに縦線の精度を求めて聴いていたのか?ということだが、14番のような室内編成だと気になる。5楽章のトムトムは強打が素晴らしいが、ソロに合わせようとして「待ち」もありリズム感が出ない。14番は勢いや情熱で押せる曲ではないので、ライブだと極めて難しいのだなと思わされます。いろいろと擁護したくなる気持ちも確かで、あの日比谷公会堂で1番から始まる交響曲全曲プロジェクト、ついに14番!という感動は確かにあるのだ。アレクサーシキンだし、ソプラノも素晴らしいし。しかし滅多に聴くことのできないこの曲の難易度も同時に味わうという(14番の演奏経験のある奏者が、一体、日本にどれだけいるのだろう)。

アシュケナージ指揮/NHK交響楽団

ロジャーズ(S),レイフェルクス(Bs)

2006.06.27-29 Decca

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14番が単品で、しかも国内盤で店頭に並ぶってスゴイことだと思う。連発で13番、14番、4番(再録)と3枚リリースしてアシュケナージの全集が完成した。日本のみ分売とのことで、貴重な国内盤。対訳は一柳富美子先生。この盤を聴いて、つくづく「ああ、やっぱりアシュケナージいいよね」と思う。このサッパリした演奏、どうですか。ロストロポーヴィチの演奏と同じ曲とは思えない。オケがN響というのがまたアシュケナージには合っているのだろう。良くも悪くも優等生的なのだが、録音も良く、明瞭な演奏でわかりやすい。作品の無理解による淡白さではなく、理解しているからこそ一歩引いてみた、というスタンスなのではないかという客観性。ソロは、バスはヤルヴィでお馴染みのレイフェルクスと、ソプラノはロジャーズ。ウィグレスワースともこの曲を録音している。これまたロシアっぽくないあっさりしたソプラノで、この演奏に相応しい。打楽器は、5楽章のトムトムはオンビートのアクセントが野暮ったいが、11楽章の思い切った強打はあまりにカッコイイ。

タバコフ指揮/ブルガリア国立放送交響楽団

クラフチェンコ(S),ペトロフ(Bs)

2015.02.09-13 Gega New

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タバコフの交響曲全曲録音第8集。私が初めてタバコフを聴いたのはマーラーの全集だったが、さすがにオーケストラが厳しいという印象が強い。ショスタコーヴィチの全曲録音については、セッションによる最新録音の安定感はあるものの、やはり鳴りきらない不満が残る。そのような中にあって、14番は素晴らしく健闘している録音で、速めのテンポで引き締まった演奏、ストイックなサウンドが魅力的だ。

バーンスタイン指揮/ニューヨーク・フィルハーモニック

クビアク(S),ブーシュキン(Bs)

1976.12.08 Sony

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全11楽章を通して一貫した世界観と、抜群の安定感を持つディスク。どこかショスタコーヴィチらしくない響きはバーンスタインの音楽性によるものだろう。歌曲として、例えばマーラーの系譜への近似を感じさせる。バーンスタインが録音したショスタコーヴィチの交響曲は1,5,6,7,9,14。13番や15番は外して14番をレパートリーに加えた理由がわからなかったが、聴いてみればバーンスタインの音楽的なアプローチをよく理解できる。他の曲にしても5番の終楽章は極端に速いテンポだが、その他は比較的ゆったりとした独特な世界観を持っており、6番や9番などの解釈は好みが分かれるが、通して14番まで聴いてみれば一貫した世界観を感じることができて面白い。アメリカ初演から4年後の録音であり、バーンスタインの関心の高さを伺わせる。

ブリテン指揮/イギリス室内管弦楽団

ヴィシネフスカヤ(S),レシェティン(Bs)

1970.06.14 BBC

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この曲の献呈者であるブリテンの演奏。何か特別なものを期待してしまうが、至って真面目に構築された演奏。強烈なまでの魅力は感じないものの、減点するような箇所もない。オーケストラがもっと有機的に動けば面白くなりそうだが、どうにか安全運転を保っているような印象。一方で、レシェティンはやはり別格の格好良さ。録音にもよるのだろうが、このイケメン声にはシビれる。

ラザレフ指揮/ローザンヌ室内管弦楽団

カスラシヴィリ(S),クリュチコフ(Bs)

1990.04 Virgin

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ラザレフによる14番。ラザレフは11番の録音が知られ、また我が国では日フィルとの共演が印象深いが、90年の録音が聴かれることは貴重。しかも14番である。安全運転かつこれといった特徴のない録音ではあるものの、安定した演奏で細部まで丁寧に仕上げている。

V.ユロフスキー指揮/ロンドン・フィルハーモニー管弦楽団

モノガロヴァ(S),レイフェルクス(Bs)

2006.02.18/Live LPO

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すっきりと明瞭に聴かせる演奏で、指揮者とオーケストラのある種の若さを感じさせる軽やかさと、貫禄ある歌い手の組み合わせが面白い。貴重なライブ録音。ソリストとオケがやや嚙み合わない部分もあるのだが、録音が良く、名手揃いのロンドン・フィルのサウンドを聴くことができる。弦楽器の厚み、打楽器の細やかさが美しい。トムトム、鐘といった打楽器の存在感が光る。

スラットキン指揮/ミネソタ管弦楽団

ホリーク(S),デヴリン(Br)

1987.04.03/Live Minnesota Orchestra

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ミネソタ管弦楽団の100周年記念で発売された自主制作12枚組BOXからの一枚。スラットキンはショスタコに限らずとても好きな指揮者で、その切れ味とテンポ感が魅力的。セントルイス響との4,5,8,10番はいずれも名盤だが、まさか14番の録音が存在していたとは。スラットキンらしい明瞭な表現が心地良く、また交響曲としての貫禄も感じさせるものの、持ち味である切れ味とテンポ感は生きていない。深みのあるトムトムの音色は良いが、打楽器のリズムは甘めでしっくりこない。歌も印象が薄く、当時ソ連勢の鬼気迫る演奏と比べると、どこか豊かでのどかな響きになっている故か。

ヤンソンス指揮/バイエルン放送交響楽団

ゴーゴレフスカヤ(S),アレクサーシキン(Bs)

2005.10.07-08,11.11-12 EMI

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生誕100周年を目前に完成されたヤンソンスの全集。この14番はかなり後回しになっていたようだが、充実した演奏と録音。教科書的に再現された演奏にはこれといった個性がなく平凡だが、オーケストラの技術とアレクサーシキンの安定した表現力はさすがでため息が出る。

インバル指揮/ウィーン交響楽団

プロキナ(S),アレクサーシキン(Bs)

1993.04.26-29 Denon

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これは…、いいのか!?物足りないながらも伴奏は安定しており、独唱も良い。アレクサーシキン格好良いよな…、と聴いていて、5楽章のトム。90年代の録音でこの薄い音とは、まさかロートトム?バチンバチンと鳴るトムの炸裂音が面白いが、これはやはり違うだろう。かと言って11楽章は撫でるような可愛らしい音。リズム感の生きない独特の演奏で、ふむ、安定しながらも取っ散らかったどう評価してよいのかわからない迷盤だ。

M.ショスタコーヴィチ指揮/プラハ交響楽団

シャグチ(S),リソフ(Bs)

1999.12.07-08/Live Supraphon

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5楽章で打楽器が2人とも落ちるという地獄のライブ。トムトムと木琴が主役の曲だけに、これは…(しかし片方が落ちたらもう片方も動揺して落ちるか…、と考えてしまうこのリアリティ)。シャグチの独唱は抜群の存在感があって素晴らしい。バスも豊かで美しい。

ラトル指揮/ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団

マッティラ(S),クヴァストホフ(Bs)

2005.09.16-19 EMI

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オーケストラは素晴らしいサウンドで、どうすればこのような領域に達することができるのだろうというほど豊かで深く美しい。この極上の響きの中で、ショスタコーヴィチ14番の持つ性格、個性、主張といったものまで飲み込まれてしまう。主張の弱い(いや、あえてそういう解釈なのだろう)ソプラノとバスの円やかな歌も、14番とはこういう曲だろうか、という戸惑いがある。これだけ整っていながら、どこに魅力を見出せばいいのだろう。

チョン指揮/ザールブリュッケン放送交響楽団

ハルトヴィヒ(S),メーヴェン(Bs)

1988年以前 Koch

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ドイツ語歌唱。チョン・ミュンフンはソウル生まれのアジアの指揮者だが、なぜわざわざドイツ語歌唱なのだろう。ドイツのオケとソリストだからなのか。チョンは1984-1990年に同オケの音楽監督兼首席指揮者を務めている。1995年に来日した際、私はまだ高校生だったが6番のライブを聴いた知人が「スゴイ指揮者が現れた」と興奮気味に話していたのを思い出す。90年代半ばにブレイクしたチョンにとっては、この録音はCD化を前提に収録したものではなかったのだろう。録音データは「1988年以前」と曖昧で、場所はザールブリュッケン。現地の通常の演奏会の一場面といったところか。非常に硬質でクールな演奏に仕上がっており、冷たすぎて盛り上がりもない。この曲が持つ妖艶さやグロテスクさも感じられず、徹底して硬い。音楽表現は聴き手の好みが分かれるにせよ、それにしても何より問題なのは、トラックが一つであることだ。全11楽章、トラック1、50分21秒!(意外と長い曲だ)なんだこれは!ある種の拷問だ。「よーし、今日は『マダム、ご覧なさい!』を聴くぞ」とか「『デーリヴィク』から『結び』までを通しで聴きたいな」という我々の何気ない日常を認めず、聴くならば必ず1楽章から、トラックのスキップも早送りも許さないという強烈な意思を感じる。

スロヴァーク指揮/スロヴァキア放送交響楽団

ハヨーショヴァー(S),ミクローシュ(Bs)

1991.02.22-03.04 Naxos

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ナクソス初期のショスタコーヴィチ全集から。スロヴァークの全集はそれはそれで味わい深いのだが、これはどうか。薄いオケと打楽器、ということでは、少数精鋭で演奏できる曲ではあるものの、おぼつかないリズム感がこの曲に漂う尋常ならざる緊張感を削いでいる。トムトムの音程とリズムもいただけない。

トゥロフスキー指揮/イ・ムジチ・ドゥ・モントリオール

ホリーク(S),ストロイエフ(Bs)

1988.01.01 Chandos

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オケがあまりにもペラペラなので、ショスタコーヴィチの暗さ、深淵な闇、狂気とも言える尋常ではない緊張感が生まれてこない。リズム感も酷いもので、ソリストは実直なアプローチで良いものの、これではまるで生きない。ところで、88年のシャンドスと言えばヤルヴィがショスタコーヴィチの交響曲録音を進めている時期だが、同じようなジャケットデザインで14番と15番がそれぞれ別指揮者で録られている。契約の事情などがあったのだろうか。

ハイラベディアン指揮/ムジカトレーズ

ベルナール(S),ペイントル(Br)

1996.04 Opus 111

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冴えない録音と薄いオケで、この曲が持つ闇の深淵を覗くような魅力は感じられない。小編成の弦楽合奏ゆえに奏者一人ひとりの音色が目立つわけだが、それでも交響曲としての音響はほしいもの。ソリストも線が細く、原詩による歌唱で耳慣れないイントネーションにも説得力が感じられない。