バレエ音楽「ボルト」作品27/27a

バレエ音楽「ボルト」には、全曲版の他に、8曲版の組曲(1931版)、6曲版の組曲(1934版)が存在します。その違いについては、こちらで解説しています。

コンドラシン指揮/NHK交響楽団

1980.01.25/Live Tower Records/Altus

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6曲版(ライナーには8曲版タイトルから1-5,8の抜粋表記)。待望のコンドラシンの「ボルト」。アルトゥスのマスタリングによって現代に甦るコンドラシンとN響の名演。理想的なサウンドとテンポ、リズムで「ボルト」の魅力を最大限に引き出している、これ以上ないほどの名盤である。さすが我が国NHKの録音状態とアルトゥスのマスタリング技術によって、80年代のライブ演奏であるにもかかわらず、非常に生々しいサウンドを聴くことができる。広いダイナミクスレンジで息遣いまで聴こえてくる管楽器、ミシミシと弦と弓の擦過音が届くような弦楽器、空気を打ち震わせる打楽器、キラキラとオーケストラを飛び越えてくるトライアングルやグロッケンシュピール等の金属系打楽器。NHKホールでのライブ演奏だが、理想的なバランスでホールの全ての空間を埋め尽くすかのように、無駄なく隙がない。金管楽器の派手な音色、アタックを鋭く聴かせてバシバシと打ち込んでくるリズム感、ソ連オケのようにべったりと濃密な息の長さは、鳥肌ものだ。序曲は冒頭からこの演奏の充実度を象徴するような炸裂ぶりで、思わず笑みがこぼれる。冒頭、ロールの頭にアタックをばっちりと決めて大音量で打ち鳴らされるスネア、楔型のティンパニ、大太鼓に「これだ!」と100%の納得感を得る。ポルカ(官僚の踊り)における各楽器のソロも素晴らしく、銅鑼の音止めのバランスも理想的。変奏曲(御者の踊り)のぶりぶりと鳴る金管、スネアの合いの手、キラッキラのグロッケンシュピールに感動する。この第3曲はロジェヴェンのハチャメチャな演奏を誰も超えられないと思っていたが、まさかN響のサウンドがそれに拮抗するとは。そしてタンゴ(コゼルコフと友人たちの踊り)である。コンドラシンは基本のテンポ設定が速いが、このタンゴの疾走感といったら!合いの手の小太鼓や大太鼓が非常に重要な曲でもあるが、まさに我々が求めていたものがこれなのだ。硬質でしっかりと下から鳴ってくる大太鼓の凄まじいこと。トロンボーン、ホルンはじめ金管群の健闘も素晴らしい。ぷんぷんとロシア臭が漂うアクの強い旋律と、民族楽器のような響きを聴かせる弦楽器の、何と見事にマッチした演奏であることか。間奏曲(破壊者)のソロ楽器に心惹かれ、終曲(全員の踊りと大団円)へと雪崩れ込んだかと思えば、何と2分20秒で駆け抜けて(バレエで踊れるのかはわからないが)狂乱の様相を示して幕を閉じる。終曲のこの速さは他に聴いたことがなく、ここまでのスピード感と、しっかりと喰らい付いてくるオケの凄まじさに度肝を抜かれる。17分半で味わう驚愕の「ボルト」。当盤は、コンドラシンが唯一N響を振ったという80年1月ライブからの全曲収録3枚組。1月16日、25日、30日の3Daysで、ボルトは2日目の中プロ。前が「キージェ中尉」でメインがチャイコフスキー1番である。「ボルト」は映像版が放送されたが、コンドラシンが実に軽やかに、そして楽しそうに、指揮棒をくるくると振っている姿が印象的だ。オケとの共演を楽しんでいるような様子が見て取れ、こうした駆け引きのような互いの実力の掛け合いで最上の演奏が生み出されていくのだと感じることができる。それにしても80年N響の当時メンバーの男臭さといったらなく、まさに「昭和の漢」といった髪型、太い眉ともみあげ、濃い顔立ちに、この演奏のエネルギー源を垣間見た気がする。このディスクは、「ボルト」の頂点に立つ決定的名盤であるだけでなく、3Daysのいずれの演奏も素晴らしく(ドヴォルザークのスラブ舞曲第8番ってこんな曲だったのか!とか)、隅々味わって、コンドラシンとN響の素晴らしい共演を堪能されたい。

クチャル指揮/ウクライナ国立交響楽団

2001.06.01-08 Brilliant

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6曲版。「ボルト」に関しては、クチャル盤をかなり評価したいと思う。序曲などは他の推薦盤と比べて迫力に欠けるが、何といっても「タンゴ」!カッコ良すぎる!どうしてくれよう、この気合い入りまくりの演奏。熱演!という言葉がまさに相応しい。我が国では、クチャルはナクソスでカリンニコフを一躍有名にさせた印象があるが、「馬あぶ」や「五日五夜」を入れた人でもある。当盤は、その頃の丁寧なイメージとは違った激しい演奏だ。オケも非常にアグレッシブな演奏で、ロジェヴェンを彷彿とさせるような下品さがある。ちょっとパワー不足でロジェヴェンほどの破廉恥さはないものの、「やっぱショスタコってこれだよな」という納得の演奏。6曲版なのは残念。

シャイー指揮/フィラデルフィア管弦楽団

1995.12.07,09 Decca

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6曲版。抜群のキレと勢いが心地良く、華々しい演奏。このディスクはショスタコーヴィチのバレエ音楽を「ダンス・アルバム」というコンセプトでまとめた一枚だが、解釈は単純明快で、「ダンス」というにはあまりに激しく息切れしそう。しかしながら、シャイーの振るフィラデルフィア管である。このコンビのショスタコーヴィチはこうも華麗な演奏になるのかと、思わず笑ってしまった。細部までコントロールされ、遊び心のある極端なダイナミクスや場面転換は、オーケストラの余裕ある技量を味わうことができる。特にフィナーレのはじけっぷりは最高で、冒頭からのぶわ~っと広がる大音量には鳥肌が立つ。

ロジェストヴェンスキー指揮/ソビエト国立文化省交響楽団

1982.04.10/Live Brilliant

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抜粋版(1,2,5,7,3)。よくぞやってくれた!これぞロジェヴェン流の「ボルト」よ!なんだか最近「ボルト」もそれなりに演奏されるようになってきて軟派な演奏が溢れておるが、ティンパニはここまで叩かなきゃいかんし、ラッパはここまで吹かなけりゃいかん。トロンボーンはぶりぶり鳴らして、油断できない木管の猛攻も耐えしのがなければならんぞ。なお、当盤の抜粋および曲順は1・2・5・7・3で、他のライヴでも第3曲「御者の踊り」(変奏曲)をラストに配置している。この5曲のみを取れば極めて充実度の高い演奏ながら、やはり取り残された3曲、特にタンゴがないのは残念。このテンションで8曲やってくれたら、何も言うことはないのだが…。今からでもお願いします、ロジェヴェン先生。

M.ショスタコーヴィチ指揮/ボリショイ劇場管弦楽団

1966 BMG/Melodiya

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8曲版。1966年のマクシムはスゴイ!激演の「ボルト」。こういうポップスめいた曲の方がマクシムは映えると思われる。いやらしいほどのオーバーな表現で面白い。ド演歌というか…、こ、好みです。8曲版の決定盤と言っていい。

N.ヤルヴィ指揮/スコティッシュ・ナショナル管弦楽団

1988.05.14 Chandos

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8曲版。やや薄い響きではあるものの、力強い演奏。スクエアに広がるシャンドス&ヤルヴィの響きは安定して好き。こってりとした濃厚な充実感は得られないものの、ヤルヴィらしいすっきりとスピード感あるアプローチは他に代え難い。

キタエンコ指揮/MDR交響楽団

2005.05.17-20 Capriccio

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8曲版。交響曲全集とはオケは違うものの、キタエンコのサウンド作りは同じ方向である。この音質で聴く「ボルト」は、とても贅沢な響き。しっかりと全てのパートが十分なほどに鳴らされており、実に細部まで丁寧に仕上げられている。ただ、真面目すぎるような。どうもマクシムやロジェヴェンで慣れた耳には安全運転すぎて、「ボルト」ってもっとハラハラしながら聴く音楽だよなぁ、と。MDR交響楽団はライプツィヒ放送交響楽団の東西ドイツ統一後の名称。

ロジェストヴェンスキー指揮/ロイヤル・ストックホルム・フィルハーモニー管弦楽団

1994.06 Chandos

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全曲版。組曲版にはない曲が盛りだくさんなので、ショスタコファンは必聴の一枚である。中でも最もチープな1幕1曲目の「体操」が笑える。この盤では、ロジェストヴェンスキー自身によるピアノと声で体操できる。ロジェヴェンの声は高すぎず低すぎず、とても引き締まった声でかなりカッコイイ。みんなでボルト体操だ!それはさておき、組曲版に収められている曲を聴き比べてみても、良い録音であることがわかる。さすが我らがロジェヴェン。序曲のスネアが爆音で楽しい。

ロジェストヴェンスキー指揮/チェコ・フィルハーモニー管弦楽団

1983.01.07/Live GPR

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抜粋版(1,2,5,3)。珍しいチェコ・フィルとのライブ録音。80年代のチェコ・フィルが本当にこんな音色なのかは不明だが、解釈は前年のソビ文とのライブと同様。「御者の踊り」も最後に配置。ややもっさりとした感があり、アクセントがバシッと決まりきらないものの、非常に楽しく聴かせてくれるのはロジェヴェンならでは。

ロジェストヴェンスキー指揮/BBC交響楽団

1987.08.17/Live BBC

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抜粋版(1,2,5,3)。BBCとのライブ録音で、他のロジェヴェン先生の録音と比べても同じような解釈で爆発力が魅力だが、細部においてもうひとつ勢いに欠けるところがある。他の録音が強烈すぎるということもあるが…、ロジェヴェンの「ボルト」を聴くならばわざわざこの盤を選ぶ必要はないといったところか。

N.ヤルヴィ指揮/エーテボリ交響楽団

1998.08 Deutsche Grammophon

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8曲版。どこか暗い響きを持つエーテボリ響のショスタコ。スコティッシュに続いてエーテボリとも録音したボルト。録音がとても良く、密度の高いサウンドは魅力的。リズム感とテンポ感は格別で、やはり打楽器が良い。サスペンデッド・シンバルなど他では聴かれないは良い音を聴かせている。

大野和士指揮/チェコ・フィルハーモニー管弦楽団

1995.03.28 Canyon

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8曲版。温かなサウンドとゆったりと大きく構えたテンポによって、また違った「ボルト」の魅力を感じることができる一枚。キャニオンの録音が素晴らしい。「ボルト」で録音の立体感、深みを味わうことができる。コゼルコフ(タンゴ)の中間部のテンポは極端に遅く、マクシム盤と比べればまるで違う曲かというほど平和な様相。バレエのあらすじ{酒飲みで自堕落なサボり屋が工場を解雇され、ねじ(ボルト)を機械に放り込んで復讐しようとするも失敗する}は、当時ソ連のプロパガンダ的な性格もあって褒められたものではないが、「労働者」、「工場」といったキーワードはいかにもソ連的で、当盤のあまりにも平和的なアプローチは似合わない。木琴コンチェルトの第7曲「調停者」は、録音の良さもあって、この優しい響きがとても魅力的。録音で聴くショスタコーヴィチの木琴は、キンキンと頭痛を引き起こすような攻撃的な音色のイメージがあるが、本来はとても豊かな木質の音色がする楽器。

ヤブロンスキー指揮/ロシア国立交響楽団

2001.10 Naxos

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8曲版。まるでカタログのような演奏で、強烈に心に響いてくることはないが、BGMに徹しているという点では一つの録音としてありだと思う。つまり、組曲全曲版のディスクがそれほど多くはない中で、「可もなく、不可もそれほどなく」という録音があってもいいだろうということ。よって、たこさん三つながら掲載しておく。ちなみに、オケは日本語帯に「ロシア国立交響楽団」とある。ヤブロンスキーのロシア・フィルとは異なるようで、英語表記は「Russian State Symphony Orchestra」。もしや旧ソビ文のステート響か!と思われたものの、ナクソスのライナーを確認したところ、やはりスヴェトラーノフで知られたロシア国立響とのこと。現在の正式名称「Государственный академический симфонический оркестр России имени Е. Ф. Светланова」を直訳すると「E.F.スヴェトラーノフ記念ロシア国立アカデミー交響楽団」となる。